はじめに

ハイパーインフレと場当たり的な通貨政策の影響で、国際経済における大きな関心事となった通貨、ベネウエラ・ボリバル。その「言語的側面」を分析する記事の後編です。

前編ではボリバルという通貨名が、実はベネズエラなどの独立に尽力した指導者シモン・ボリバル(Simón Bolívar、1783年~1830年)に由来していることを紹介しました。今回の後編では、通貨名ボリバルの「正式名称」に注目してみたいと思います。


「強いボリバル」という通貨名

前編でも紹介した通り、ベネズエラ中央銀行は2008年と2018年の2度にわたり、ボリバルのデノミネーションを実施しています。そのデノミの際に登場した新しい通貨名称が、ボリバル・フエルテ(bolívar fuerte、通貨コードVEF、通貨略称Bs.F.)とボリバル・ソベラノ(bolívar soberano、通貨コードVES、通貨略称Bs.S.)でした。ここではまず、2008年に登場した「フエルテ」という言葉について分析してみることにしましょう。

手元のスペイン語辞典(西和中辞典・第二版、小学館、2007年)でfuerteの項目(形容詞のみ)を調べてみると、以下の旨の説明がありました。

「1.強い。2.丈夫な。3.味などが濃い。4.表現などが乱暴な。5.数量などが大きい。6.得意な」

このうちボリバル・フエルテのフエルテは「強い」を意味します。つまりボリバル・フエルテとは「強いボリバル」を意味することになります。実はベネズエラの通貨名において、フエルテは時折あらわれるキーワードでもありました。例えば1830年にはペソ・フエルテ(peso fuerte)という通貨名が登場。1857年にはペソ・フエルテ・デ・オロ(peso fuerte de oro、金のペソ・フエルテの意)という通貨名が登場したこともあります。

このフエルテという言葉の「強い」イメージは、南米にある遺産の名前からも発見できます。ボリビアにある遺跡群「サマイパタの砦(とりで)」という世界遺産がそれ。そのスペイン語表記がEl Fuerte de Samaipataとなっており、fuerteを含んでいるのです。この場合のfuerteは「砦」のことを意味します(西和中辞典では、名詞の3つ目の意味に登場する)。

英語でいえば「force」のこと

ところでイタリア語や英語には、スペイン語のfuerteと同じ語源を持つ言葉があります。

その語源とは、ラテン語のfortisのこと。手元のラテン語辞書(羅和辞典・改訂版、研究社、2009年)には、以下のような旨の解説が登場していました。

「1.肉体的に強い。2.精神的に勇敢である。3.物が強力である。4.流れが激しい。5.弁論に説得力がある」

いずれも「強さ」をイメージさせる意味ですよね。

そしてイタリア語にもfortisを語源とする言葉が存在するのです。しかもそれは、日本人にとって有名な言葉なのです。その言葉とは「forte」(フォルテ)のこと。基本的には「強い」を意味する形容詞なのですが、日本人にとっては音楽記号のf(フォルテ、強く)として有名なのではないでしょうか。ちなみにff(フォルテッシモ、fortissimo、もっと強く)という音楽記号も有名ですよね。80年代の音楽に詳しい方なら、ハウンド・ドッグによるヒット曲を思い出すことでしょう。このフォルテッシモもfortisを語源とする言葉の仲間です。

一方、英語では力(ちから)を意味する「force」(フォース)がfortisを語源とする言葉の仲間となります。補足するまでもないかもしれませんが、forceにも「力」や「強さ」などの意味がありますよね。

このようにフォルテ、フォースといった言葉を並べてみることで、フエルテという言葉の持つ「力強いニュアンス」を感じ取ることができるのではないでしょうか。もっとも、そんな力強さ(安定性)を期待されて登場したボリバル・フエルテも、結局2008年から2018年までの約10年間しか存続することができませんでした。

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