現代社会において、おカネ儲けと自己実現は密接に繋がっています。かつてブームを巻き起こしたネットワークビジネスや自己啓発セミナーは、これまでの自分を変えて成功し、キラキラ輝く自分を手に入れるといった「自己実現」を売りにしていました。

それらが下火になった今も、おカネと自己実現をめぐるムーブメントは、形を変えて私たちの身近に存在し続け、そしてそこに深い影響を与えているのが「心理主義」。

自己実現とおカネをめぐる25年の流れを振り返りつつ、どのように心理主義が影響を与えているのか、そしておカネと自己実現のトレンドはどこに向かうのかを読み解いていきます。


ネットワークビジネスで「輝く自分」になれたか

「もっとおカネが欲しい。いや、それ以上に、他の誰でもない自分らしさを極め、その結果として毎日をイキイキと生きたい」……多くの人々がそう考えているのが現代社会でしょう。

私は、宗教社会学や心理主義論を専門とする社会学者です。1990年代半ばに大学院に進んだ私は、ネットワークビジネスの「メンバーをコミットさせる構造」から調査を始め、その後、ビジネスセミナーや、カウンセリングの流行なども研究してきました。2020年の東京オリンピックをひとつの区切りとするなら、それは日本人にとっての「自己実現とおカネ」についての四半世紀を見続けたプロセスでもありました。

「兄の友人が、洗剤で有名なA社のねずみ講をやっているらしい」。そんな噂を聞いたのは、自分が高校生ぐらいの時(1980年代後半)だったと思います。ネットワークビジネスとねずみ講はもちろん厳密に言えば違います。しかし、人を勧誘しピラミッド型のネットワークを形成し、まるで疑似宗教のように広がっていく様子は、バブル経済に沸く日本社会の、もうひとつの姿ではあったのです(ネットワークビジネスの手法は、Multi-Level Marketing: MLMとも呼ばれます)。

強くこころに念じれば、その思いは実現する……今なら「引き寄せの法則」とも呼ばれるような「前向き思考」を、ネットワークビジネスは、会合や本、カセットテープ(当時)で教化していました。それは、ややいびつなかたちではありますが、ビジネス自己啓発の言説や、「自分らしくキラキラ輝く」といった自己実現的な物言いを先取りしていました。「3年先輩を見れば3年後の自分がわかる、そんな日常で良いのですか? それを脱し一攫千金するための、あなたにとっての最後のチャンス!」といった表現で、若い社会人の一発逆転願望に強くアピールしました。

もちろん、主婦でもン千万円の収入が可能だと見せかけるいっぽうで、数千人規模の勧誘を達成しなければ、その本社の説く夢の実現はありえない、という現実もまた背中合わせでした。

「自分らしさ」を深掘りしたがる「自己啓発セミナー」

「数日で自分が変われるセミナーなるものがあって、仲間内の誰かがハマっているらしい」といった噂をよく耳にした時代。それがいわゆる個人向けの「自己啓発セミナー」です。日本における消費者現象としては、1970年代からネットワークビジネスが起こって社会問題化しつつも、バブル期にピークを迎えます。

いっぽう、ビジネスではなく個人向けの研修であった自己啓発セミナーは1990年前後までに隆盛しますが、オウム事件以降に衰退していくことになります。

自己啓発セミナーは、すべてのコースに参加すれば30〜40万円程度のおカネがかかるものでしたが、自己啓発セミナーの内容に感動した受講者の一部は、プログラムの内容を模倣して、自分で勝手にセミナー会社を立ち上げていきました。一時期は100社とも言われた数のセミナー会社が日本にも存在していたといいます。

自己啓発セミナーは、ネットワークビジネスのトレーニング手法や、1970年代アメリカの集団心理療法の考え方などを雑多に詰め込んだ数日間のプログラム。それはまさに、コミュニケーションを通じて、自分らしさを発見して自己実現を目指す姿勢でもありました。もっとも、最後のコースで強制される、新たな勧誘の実践によって、世間からはカルト視されるに至ります。参加者による自己実現への希求は、セミナー運営会社の収益へと転化される構造があったわけです。

いっけん関係ないようですが、自己啓発セミナーと同時代に注目を集め始めたのが、リクルート社の実践です。プロジェクトが社内でいくつも立ち上げられ、功績を上げたものは皆の前で盛大に表彰され、どんちゃん騒ぎをする……といった報道もなされていました。その様子は、自己啓発セミナー的であるとか、集団心理学のダイナミズムを経営に応用している、とも評されていました。リクルート社ならびにリクルート出身者がその後の日本の企業社会にもたらした影響は言うまでもありません。それは、新時代の人材管理、動機付けのありかたの先駆であったとも言えます。