はじめに
「利益の最大化」を目指さない
――鷲見さんが“私利私欲”をなくし、「利益の最大化」を目指さないという発想に行き着いたきっかけは、どこにあったのでしょうか。
『i人経営』という本のサブタイトルは、「瞑想から生まれた新ビジネスモデル」としました。これはホットヨガスタジオ「LAVA」に関連する話でもありますが、私は瞑想、ヨガに出会って、「何が本当の幸せか」ということを突き詰めて考える時間ができたのです。
必ずしもスピリチュアルな意味ではなく、理屈を言えば、成長している企業のなかにいると、どうしても日々せわしなく、事業のことしか考えられなくなります。そして、人は忙しいと「外」にばかり視点が行き、なかなか内側に向かわない。その結果として、事業で他者に勝つとか、「日本一になる/世界一になる」など、比較論によるわかりやすい目標を立てることになります。
もちろん、それは社員を動機づけ、ついてきてもらうための“旗”にはなると思いますが、そのまま幸福につながるわけではありません。自分が好きなこと、ワクワクすることにフォーカスし、本当に充実した仕事をする――それは、世界一の売り上げを実現するよりすばらしいことだと思いますが、私もかつては深く考えていなかったように、多くの経営者もまた、ほとんど真剣に考えていないことだと思います。
――本では「いくら事業が成功して会社の売り上げが上がっても、従業員を酷使して不満が蔓延していたら、その事業のリーダーを評価することはできません」と書かれていますね。
そうですね。ベンチャーバンクでは、分社化とともに「リーダーの評価」についても独自の仕組みを設けています。新規事業の立ち上げ、育成、拡大と、それぞれのステージにおいてリーダーに求められる能力は違う。新規事業を立ち上げる上で優れた才能を発揮する人もいれば、拡大期に活躍する人もいるし、安定的な経営に向いた人もいます。ですから、例えば事業の立ち上げに貢献したリーダーが、拡大していく局面でうまくいかなかったからと言って、責められるのは間違っていますよね。それぞれのステージで貢献した人たちが、適切に評価され、相応のインセンティブをもらえる仕組みを作っているのです。
そのなかで、分社後の貢献度をはかる目安として、売り上げや利益の伸びと同様に重視しようと伝えているのが「従業員満足度」。80の設問に「幸福度調査」を加え、全従業員にアンケートをとっています。そこで従業員に満足度、幸福度が思わしくなければ、そのリーダーは評価できない。ここまでお話ししてきたように、ベンチャーバンクが生み出す事業においては、社員を犠牲にして結果を出すことを求めていないからです。
「従業員満足度を上げつつ、事業を成長させる」という、これまでの一般的なビジネスとは違う次元の考え方をしなければいけない。それが、分社後の新社長に望むことです。
――これから先、ベンチャーバンクはどのように発展していくでしょうか。
やはり、会社を支配するのではなく、社員が幸せになれる道を選択すると決めたので、その理念を軸にして、事業を発展させていくことテーマになります。もちろん、ボランティア団体ではありませんから、きちんとビジネスとしてやっていかなければいけない。そのバランスをいかに取っていくか、ということを考えています。お客さまに幸せを提供し、社員もそこから利益をもらって幸せになる――そのことを前提に、いかに事業を発展させていくか。分社化構想はその第一歩でもあります。
鷲見貴彦(すみ・たかひこ)
株式会社ベンチャーバンク 代表取締役会長、株式会社LAVA International 代表取締役社長。1959年生まれ。岐阜大学教育学部卒業後、名古屋の出版社に入社し、コンピューター部門に配属。1989年株式会社船井総合研究所に転職し、経営コンサルタントとして数々の実績を残す。1990年にベンチャーバンクの前身となる有限会社トータルアクセスカンパニーを設立。1994年に株式会社船井総合研究所を退社。その後さまざまな新規事業を立ち上げ、2005年4月株式会社ベンチャーバンクを設立。インキュベーション・カンパニーとして、「LAVA」「FEELCYCLE」「まんが喫茶ゲラゲラ」さまざまな事業を創出。近著に『i人経営』(日経BP)、『僕の会社にもっと来なさい。』(マガジンハウス)がある。