日本独自のカードゲーム「歌留多(かるた)」。医師が記入する診療録である「カルテ」。そして、手札などを意味する「カード」。これらはそれぞれ別の言語から伝わった外来語なのですが、実はいずれも「同じ語源」を持っています。

ちなみに歌留多はポルトガル語のcartaが語源。カルテはドイツ語のKarteが語源。カードは英語のcardが語源。そしてこれらの語源をもっと辿ると、いずれもラテン語のchartaやギリシャ語のchártēsにいきつきます。そして、その意味するところは「1枚のパピルス紙」のことだったのです。

一方、銀行を意味するbank(バンク)という英単語にも同じような事情が隠れています。具体的には銀行のbank、長椅子のbench(ベンチ)、宴会のbanquet(バンケット)が、同じ語源を持つ別の言葉なのです。今回は英語bankの語源と、その背景にある銀行史の一場面について紹介することにしましょう。


第一の注目語はイタリア語の「banca」

まずは英単語bankの語源について、少しずつ遡って調べてみることにしましょう。

bankの直接の語源は、中期フランス語(1350〜1600年頃)の語彙であったbanqueであったようです。この言葉は現代フランス語においても銀行を意味する言葉として生き続けています。

そして中期フランス語のbanqueの語源になったのが、本稿における最大の注目語となる、イタリア語の「banca」という単語でした。実はこのbancaこそが、西洋系の言語における銀行のイメージを形作った根本のキーワードなのです。

実際、イタリア語では現在でも銀行のことをbanca(まれにbanco)といいます。また前述のように、フランス語でも銀行のことをbanqueといいます。さらにロシア語でもБанк(英語風に表記するとbank)、ドイツ語でもBank、さらにスペイン語やポルトガル語においてもbancoと表現します。これらのいずれもイタリア語のbancaに影響を受けた表現ということになります。

両替台→銀行という連想

ではどうしてイタリア語では、銀行のことをbancaと呼ぶようになったのでしょうか。

実はイタリア語にはbancaの仲間の言葉があります。それはbancoというキーワード。これは現代イタリア語にも残っている言葉で、ベンチや机や仕事台のことを意味する言葉なのです。ベンチと机では若干意味が異なるような印象もありますが、おおまかに言えば「細長い台」を意味する言葉だと理解すればいいでしょうか。

さて、そのbancaが銀行を意味するようになった経緯について、小学館の「伊和中辞典」(第二版、2008年)は次のように説明していました。

「ゲルマン語bank『低い台』『ベンチ』がイタリア語のbanco,bancaとなり『両替台』の意味から『銀行』となった。これは中世ヨーロッパの金融業でのイタリア人の活躍を物語る」

また、伊和中辞典と似たような説明を、日本銀行のウェブサイト上のコーナー「教えて!にちぎん」が紹介していました。以下に引用します。

「『Bank』の語源は、12世紀頃、当時世界の貿易、文化の中心地であった北イタリアに生まれた両替商(銀行の原型といわれている)が、両替のために使用した『BANCO』(長机、腰掛)とする説があります」

つまり中世のイタリアにおいて「両替台→銀行」という連想が働いたために、今でも銀行のことをbankと呼ぶというわけです。当時フィレンツェの両替商は、緑色のテーブルクロスで覆われた机の上で両替業務を行ったと言われており、それが連想の背景となったようです。

中世イタリア人の活躍

小学館の伊和中辞典が述べるように「中世ヨーロッパの金融業でのイタリア人の活躍」には目覚ましいものがありました。

イタリアで金融業が盛んになったのは11世紀からルネサンス(14〜16世紀)にかけてのこと。これは十字軍遠征を背景に、地中海で貿易が盛んになった時期にあたります。とくにジェノバ、ベネツィア、フィレンツェの三都市で金融業が発展。これらの都市で発展した両替商・振替銀行・貸金業といった業態を、近代的銀行の端緒と見る立場もあります。

そういえばシェークスピア(1564〜1616)の喜劇のひとつに『ベニスの商人』がありますね。執筆は1596年ごろ。ベニスはベネツィアの英語風の読み方なので、これはベネツィアのお話となります。その内容は「商人である友人のため金が必要になったアントニオは、金貸しシャイロックから『自身の胸肉1ポンド』を担保にお金を借りるのだが……」という物語でした。

このような有名な物語で金貸しが登場する程度には、当時のイタリアの金融業界には大きな存在感があったわけです。