はじめに
2018年3月に最愛の妻である山下弘子さんを25歳で亡くされた、夫・前田朋己さん( 前編記事 )。
出会った時にはすでにがんになっていた弘子さんと、5年間一緒に過ごした前田さんは、その日々を振り返りながら、がんと共生するためには「患者力」という能力が大切だったと語ります。
また、19歳でがんを発病した弘子さんは、6年にわたるがんとの共生において、本庶佑氏のノーベル生理学・医学賞受賞で注目を浴びたがん治療薬・オプジーボを使った治療も受けています。
オプジーボを使った治療自体は、患者によって効果や副作用の有無がありますが、ひとつの事例として、弘子さんのオプジーボ治療のお話もうかがいました。
がん治療を受けるうえで大切な「患者力」
――がんの治療について、やっておいてよかったことを教えてください。
前田朋己さん(以下同):治療においてならば、セカンドオピニオン・サードオピニオンを絶対に聞いた方がいいです。
ひろは基本的には標準治療を受けていましたが、標準治療になったばかりの薬や治療法などは、医療の現場ではまだ周知されていない場合もあります。
たとえば、ある患者さんが最初の病院で余命一年と宣告されたものの、いくつもの病院をまわって意見を聞いた結果、そのなかのひとつの病院でだけ、新しく発売された標準治療の治療薬を紹介されたそうです。でも、その薬はその患者さんが病院に行った時点で、すでに3か月前に標準治療薬として承認されていた。
つまり、標準治療薬だったにも関わらず、たった1つの病院の医者しか、その薬を提案しなかった。
医師はだれでも命を救おうとしています。でも、一般的な仕事だって忙しかったらどうしても抜けが生まれてしまうように、どんなに優秀な医師だって常に最新の情報をキャッチアップできているとは限らない。
だから、医師を信じることは大切ですが、任せきりになってはダメだと考えています。僕らは円滑に医師とコミュニケーションをとり、一方で主体的に情報を得ていく力を「患者力」と呼んでいました。
――「患者力」! 面白い考え方ですね。
ひろとは「がんとの共生には患者力が必要だよね」とよく話していました。
患者力というのは、一種のコミュニケーション能力、情報収集能力だと思います。医療関係者とのコミュニケーションの取り方、セカンド・サードオピニオンを受けるときの話の聞き方、質問の仕方。
医師に対して上下の関係ではなくて、あくまでもフラットな関係を築く。部下が上司に従うように、ついつい医師に対して下からの立場で唯々諾々としたがってしまうタイプの患者さんが多いように思えますが、思ったことを遠慮なくがんがん聞いた方がいい。
それに、「今見てもらっているお医者さんに悪いから……」と、セカンドオピニオンすらも遠慮する人がいるけれども、病気についての情報は自分の身体のことであり、自分の人生のことです。担当医といえども人任せにしていては、いつか後悔してしまうかもしれません。
また、「拡大治験」という制度が2016年に始まっているのですが、この制度に対する医師の認知度はわずか2割。この制度は、標準治療法がなくなった患者さんに対しては、厳しい治験の基準に満たなくても未承認薬を利用できるというものです。
つまり、「もう打つ手がありません」と医師から宣告されたとしても、拡大治験ならもしかすると治療薬は見つかるかもしれない可能性が出てきた。
でもまだ8割のお医者さんが知らない状況なのです。こういった情報を知るためにも、医師任せではない患者力がこれからは求められます。
――治療法についての情報収集力は、どう磨けばよいでしょう?
未来の新薬候補である治験中の薬は、国立の臨床研究情報ポータルサイトで探してみてください。治験ならば、費用負担なしで参加できるものも多いです。
インターネットを使った情報収集では、グーグルニュース検索でアラームキーワードを登録し、新しいニュースが配信されると通知が来るようにしていました。
ひろの病気の場合だと、「肝臓がん」「レンビマ」のような単語を登録。通知が来たら、そのニュースを読み、情報源がどこなのかをチェックします。
とくに、学会発表や治験の結果について製薬会社が発表するニュースもあるので、こういった情報は要チェックしたほうがいいでしょう。ノーベル賞受賞で注目を浴びたオプジーボがひろの病気にも効果があるかもしれない、という情報などもニュースであらかじめ見ていたので、医師から提案された時も、前向きに試すことができました。
――前田さんから見て、弘子さんの患者力は高かったですか?
そう思います。ひろはいつも明るく思いやりにあふれていましたが、聞きたいことについては、はっきりと思ったことをなんでも聞くタイプ。また、誰とでもすぐ仲良くなれる性格だったので、医師との人間関係もとても良好でしたね。