はじめに
大事なことだけれど、どうしても敬遠しがちな“相続”の話。「ウチはモメないから大丈夫」と思っていても、意外なところに落とし穴があるようです。
私、相続人じゃないの?
「家族なのに、血がつながってないから相続できないって……。そんなの、ありえますか?」
そう話すのは井上桃子さん(21歳・仮名)。10歳の時に両親を事故で亡くし、以降ずっと父方の祖母と2人で暮らしてきました。その祖母が亡くなり、他に身寄りもないことから、祖母の遺産相続の手続きをしようとした時のことでした。
役所に祖母と自身の戸籍謄本を取りに出向くと、窓口で「あなたは相続人ではないので、お祖母様の戸籍謄本はお渡しできません」と言われてしまったのです。
驚いた桃子さん、何かの間違いだと詰め寄っても「戸籍上の繋がりがないようですので」とつっぱねられるだけ。混乱したまま自分の戸籍謄本を見てみると、あることに気が付きました。祖母だけでなく、戸籍に父親の名前もなかったのです。これは一体どういうことなのでしょうか。
父親とも「他人」だった?
詳しく調べてみると、どうやら桃子さんの両親は再婚で、桃子さんは母親の連れ子だったということがわかりました。祖母がそのことを知っていたかどうかはわかりませんが、桃子さんはその事実をまったく知らなかったそうです。
この戸籍の状況について、相続を多く取り扱っている平林夕佳税理士事務所の代表税理士・平林夕佳さんに話を聞きました。
平林:離婚や再婚によって相続権が複雑になり、いざというときに慌ててしまうケースが増えています。今回は、お母様が再婚された時に、再婚相手であるお父様と桃子さんの間で養子縁組をしておかなかったことが原因と考えられます。
親同士が再婚しただけでは、それぞれの連れ子と再婚相手には法律上の親子関係はありません。お父様と桃子さんの間は親子関係が無いため、お父様の親であるお祖母様とは親族関係が無く、代襲相続も発生しません。
このままでは、祖母の遺産は「相続人なし」として国のものとなってしまいます。「お金はどうでもいいんです。でも家は、両親や祖母と暮らした家からは離れたくないんです」と桃子さん。家に住み続けるための方法はあるのでしょうか。
他人から相続する方法
桃子さんは何か手掛かりをと、両親や祖母の知人を訪ね歩きました。
すると、祖母には父の他にもう1人、子供がいたことがわかったのです。父の妹となるその人は、随分と昔に一家とは絶縁状態になり、今は海外で暮らしているとのこと。桃子さんは急いで連絡をとり、事情を説明しました。
事情を理解した父の妹は、祖母の家はいったん相続したうえで、桃子さんに贈与することを承諾してくれました。桃子さんは家の評価額に対して贈与税を支払うことになりますが、両親と祖母の思い出残る家で住み続けることができるそうです。
桃子さんの場合、小さい時に母親が再婚し、さらに亡くなってしまったので、養子縁組について事前に確認するのは難しかったと思われます。しかし前出の平林さんによると、祖母の相続に限って言えば、事前に2つの方法がとれたと話します。
平林:1つ目は、お祖母様と桃子さんが直接養子縁組を結ぶ方法です。ただしこの方法は、お祖母様の推定相続人から反対される可能性があります。実際、お祖母様の相続が開始したときに、遺産の分割方法でトラブルになる可能性があります。このトラブルを避けるためには、お祖母様は桃子さんの養子縁組と同時に遺言書を書くことが重要です。この場合の推定相続人とは、海外に住んでいるお父様の妹さんです。
もし、お父様の妹さんの同意が得られず養子縁組が実際難しくなってしまった場合、その時はお祖母様に「遺贈により桃子に遺産を与える」との遺言書を書いてもらうことで、財産を遺贈により取得することができます。この場合の遺言書は、公正証書遺言が望ましいでしょう。これが2つ目の方法です。
もちろん、これらの方法も祖母が生きてることを前提とした方法です。やはり、当事者が亡くなった後に気づくのでは、対処できないことが多いとか。ご家族が元気な時に、共に確認してみてはいかがでしょうか。