はじめに

米国との通商問題に揺れる中国。現地では、経済改革や成長戦略がどうとらえられているのでしょうか。

1月に北京市と深圳市を訪れ、現地の企業経営者や経済専門家などの話を聞く機会がありました。今回は、筆者が感じた最新の中国事情をレポートします。


「量から質へ」の転換に揺れる中国

2018年の中国は「デレバレッジ(負債減らし)」政策に揺れました。この政策の趣旨は、経済成長の中身を「量から質へ」と転換させることであり、古い産業から新しい産業へ構造転換することです。

例を挙げれば、鉄鋼やアルミニウムなど従来型の素材産業への融資を増やさない、非効率な産業や企業への融資を減らして経済成長を牽引する付加価値の高い産業に積極的な融資を行う、といったことです。

しかし一方で、構造転換の行き過ぎが景気を悪化させるのではないか、といった懸念も高まりました。そこで2018年秋以降、中央銀行である中国人民銀行は市中銀行の預金準備率(人民銀行に預ける預金に対する比率)を引き下げて流動性を高めたほか、政府は積極的な財政政策や大規模な減税を実施するなど、景気下支えに軸足を置く姿勢を鮮明にしました。

さらに、政府は同年12月に総需要を安定化させる方針を決定。以上のことから、2019年の経済成長はあまり心配しすぎる必要はないと感じています。

過去に戻らないと考えられるワケ

では、財政政策が拡張的になって、低金利が維持されるのなら、過去のように非効率な産業が勢いづいてしまうのでしょうか。答えは“NO”です。

そもそも、習近平政権が地方の腐敗防止を掲げた背景は、地方政府が中国全体の発展を考えずに、目先の手をつけやすい政策(鉄を造る、入居が見込めない住宅を建てるなど)に傾注したことにあります。

しかし、地方政府の身勝手の芽を摘んだ今となっては、過去に戻ることは考えにくいでしょう。古い産業から新しい産業に資金を振り向ける動きがもっと明確になっていくと感じています。

投資について、中国の実質GDP(国内総生産)成長率の項目別寄与度を見ると、2018年は総じて低下しました。

投資の約6割を占める民間企業が増えているとはいえ、国営企業が重要な役割を占める中国では、投資が低迷することは政府の意思でもあり、デレバレッジの成果だと思います。経済成長を犠牲にしてでも無用な投資を抑え、新しい産業への投資に集中してきたといえます。

しかし問題は、新しい産業への投資が必ずしも効率的ではないように見えたことです。経営が順調な国営企業を強化した結果、民間企業が活躍する場を減らされてしまう、といった懸念の高まりが、株価低迷にも影響していたと考えられます。

米中貿易摩擦の先行きは?

中国のGDP成長率への輸出寄与度は2018年通年でマイナスとなり、米中貿易摩擦の影響があったかのように見えます。しかし、現地の経済専門家は「マイナス寄与のごく一部は米中貿易摩擦(追加関税)の影響を受けているが、多くは輸出サイクルが低下したことにある」と明確に説明してくれました。

本来であれば、関税引き上げ前の駆け込み需要があったはずですが、輸出寄与度が第1四半期(1~3月期)からマイナスになっているので、輸出サイクルは低下したと見てよさそうです。もちろん、輸出低迷が関税引き上げの影響をまったく受けていないとはいいませんが、米中貿易摩擦の影響について少々大げさに扱われすぎていると感じています。

一方、米中貿易摩擦の良い点は「中国の改革を後押ししてくれる」という現地の学者の指摘でした。そもそも米国の主張は、不十分な知的財産権保護、国営企業優遇、補助金供与といった不公正の是正です。実は、この不公正の是正は、中国も期待していることでもあるのです。

中国の経済専門家らも、いつまでも補助金や非効率な国営企業優遇が続くとは考えていないし、そのように政府へも伝えているようでした。加えて、産業の高度化が進めば、自国の知的財産権を保護する必要が出てきます。つまり、中国も米国も、本質的には同じ目的を持っているのです。

米中貿易摩擦は、おおよそタイミングのずれ(中国は簡単に産業の高度化を進めることはできないし、米国はそのようなことはお構いなしに不公正を減らしたい)から起きており、中国にとっては米国の圧力を“国内でやるべきことをやる”ための口実に使うことができると思います。

そう考えると、米中貿易摩擦は中国の長期的な発展にとって良い効果をもたらすと期待できるのではないでしょうか。ただ、2019年については、米国が中国と妥協点を探りながら交渉を継続しようとし、米国と目的が同じ中国は“大人の対応”を続けていくことになるとみています。

<文:チーフ・ストラテジスト 神山直樹>

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