はじめに

広がる「とうがらしプロジェクト」

みらいチャレンジプロジェクトの棚で、売れ筋の1つになっている商品があります。「小高一味」という、小高区で栽培された唐辛子を100%使用した一味唐辛子です。

もともと農業が盛んだった小高区。しかし、よく生産されていたのは大根で、唐辛子は名産品だったわけではないそうです。そんな小高で、なぜ唐辛子だったのでしょうか。

小高一味を製造している「小高とうがらしプロジェクト」は2017年春にスタートした取り組みです。唐辛子の苗を1つ100円で地元住民や農家に販売。生育し、秋に収穫したものを1グラム1円で買い取り、一味に加工しています。


小高とうがらしプロジェクトから生まれた商品

昨年からは、地元産の菜種油メーカーと共同開発した「辛油」や、近隣の猪苗代町のメーカーとコラボレーションした「じみーに辛い うまくて生姜ねぇ」などを開発し、小高ストアやネット通販で販売しています。

きっかけは野生動物による農作物被害

唐辛子を加工しているのは、小高駅から徒歩5分ほどの場所にある「小高工房」。代表の廣畑裕子さんがプロジェクトを立ち上げたきっかけは、工房に集まってくる人から聞く鳥獣被害の話でした。


帰還住民が集まる「小高工房」

小高区では、住民の帰還後も風評被害で農作物を作っても買ってもらえず、農業ができる環境ではありませんでした。それでも、農家は「他にできることもないから」と、農作物の生産を続けていました。

しかし、避難指示が出されてから解除されるまでの間、人間が住んでいなかった小高区では、住民が帰還した後も野生動物が跋扈。せっかく作った作物は野生動物に持っていかれる毎日でした。

どうしたらいいか、わからない。小高区の農家は途方に暮れていました。しかし、いくつか生産している農作物の中で、1つだけ野生動物の被害にあわないものがありました。唐辛子です。

畑の周りに唐辛子を植えれば、鳥獣除けになるのではないか。そう思い立った廣畑さんは、3件の農家と唐辛子の試験栽培を始めました。2017年4月のことです。その年の秋に収穫した唐辛子を一味に加工したところ、200本の小高一味が完成。模擬店で販売してみると、みんなが喜んで買ってくれました。

初年度に完売した勢いに乗り、翌年は生産者を拡大募集。64件の応募があり、1,364本の苗を販売しました。プランターでも簡単に栽培できて、誰でも取り組めるのが唐辛子の特徴。市役所の職員も栽培を始めたといいます。昨年は1,000本以上の小高一味ができました。

廣畑さんを駆り立てたものとは?

大自然を相手に、一見すると無謀にも思えるプロジェクトに、廣畑さんを駆り立てたものとは何だったのか。そう話を振ると、彼女は3.11当日の話をしてくれました。

2011年3月11日、廣畑さんは職場で地震に遭遇しました。そろそろ息子が学校から下校する頃。息子は大丈夫か。そう考えた彼女は、車を自宅に走らせました。職場から自宅に帰るには、海側の国道を通るのが最短ルート。しかし、途中で路面が割れており、仕方なく、山側の道へと入っていきました。その数分後に押し寄せたのが、大津波でした。

息子の通う学校から自宅まで帰るのも、海側を通ったほうが速い。今はちょうど下校時刻。息子は津波に飲み込まれてしまったのではないか。もう息子には会えないのではないか。どこか冷めた絶望と、一縷の望みを胸に、彼女は自宅への道を急ぎました。

廣畑さんが自宅に着いた時、津波は引いていました。しかし、自宅の一部は浸水。息子は出てきてくれるのか。そう思いながら玄関ドアを開けると、「3,000円払ってきて」と、あっけらかんとした息子の声が聞こえました。

実は、朝の登校時に自転車のタイヤがパンクして、その日に限って普段よりも早めに下校し、自転車店で修理してもらっていたのです。その結果、津波に遭遇せずに済んだのでした。

「生きていることは偶然の積み重ね。どんな小さなことにも意味があると悟りました。やらないと何も進まない。だったら、少しだけ前に出ていこう。結果だけを考えていたら、何もできなかったと思います。わからないから、とうがらしプロジェクトができたんです」(廣畑さん)

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