はじめに

TENGA出店が百貨店業界にもたらす意味

明治大学・政治経済学部の飯田泰之准教授は「今回のTENGAの出店は百貨店業界にとってターニングポイントになるかもしれない」と解説します。

17世紀の越後屋呉服店、19世紀のボン・マルシェの流れをくむ百貨店は当初、上流階級の特権だった新品の衣料品を売るビジネスモデルでした。当時の主力商品はアパレル。それ以降、長い間、百貨店はハイエンド品を取り扱う場所でした。

転機が訪れたのは1990年代。小売り業態の多様化に伴い、百貨店の売り上げは低迷。そうした中で下支えしたのが食料品、デパ地下の充実でした。その後、都内の百貨店は2012年に売り上げが大底を打ちましたが、その牽引役となったのが雑貨、とりわけ化粧品の販売拡大でした。


都内の百貨店は2012年に売上高が底打ち

つまり、百貨店は食料品で危機を乗り切り、化粧品で反発に転じたわけですが、これは裏を返せば、メンズ向け百貨店は今も厳しい環境下に置かれているということ。そんな中で、雑貨としてのTENGAに注目したのが、今回の阪急メンズ東京のリニューアルだったというわけです。

「都心型・ターミナル型百貨店の新たなロールモデルになるか、注目しています。ターミナル型百貨店は阪急梅田店が最初でした。今度は有楽町がターニングポイントになるかもしれません」(飯田准教授)

TENGAがコンビニに並ぶ日は来るか

一方のTENGAにとっても、今回の阪急メンズ東京への出店がターニングポイントになると飯田准教授は見ています。

TENGAの松本社長は今から19年前、アダルトショップで見かけた当時のセクシャルアイテムがただただ卑猥で、ものづくりに誠実さが感じられない、性を誰もが楽しめるものにしようと考えたことが、商品誕生のきっかけでした。

試作を3年繰り返し、2007年に商品化。5,000個売れればヒットとされた時代に100万個を売り上げました。


TENGAの出荷数推移を説明する松本社長

しかし、どんな商品の普及・拡大も、最初は急拡大するけれど、どこかの段階で頭打ちになり、その後は横ばいになるという「ロジスティック曲線」を描きます。TENGAも2000年代半ばに売上高の伸びが停滞しました。

その後、再び売り上げが拡大に向かったのですが、ここで起きたのがビジネスモデルの転換でした。一般商材、一般雑貨としてTENGAを再定義し、新たなマーケットに進出することで、もう一度、流行に敏感な層が食いついたのでした。

「一般雑貨として今後、コンビニやスーパーで展開していくことを考えると、小売業界を牽引する存在である百貨店に出店できた意味は大きい。両者の化学反応・相互作用を通じて、どういう変化が起きるのか、注目しています」(飯田准教授)

オープン初日の状況は?

オープン前日の3月14日に実施されたプレオープン当日、全館のテナントの中でTENGA初の常設店は注目度ナンバーワンだったと、阪急阪神百貨店の民谷さんは振り返ります。その直前に訪れていたパリのファッションイベントでも「TENGAくん」と、さまざまな同業者から声をかけられたと笑います。

「ファッションだけだと、ここまで注目されなかったと思います。狙いは当たっていました」(民谷さん)。東京での実験を経て、地盤の大阪でさらに大きなビジネスにしたいと考えています。

TENGA初の常設店の月間平均売上目標は600万円。しかし、TENGAとしては、売り上げ以上に商品を通じたブランドメッセージの発信に重きを置いているそうです。

オープン初日は約300人が来店したといいます。このまま、大手を振って“表通り”を歩き続けられるか。この店舗の浮沈は、百貨店業界とセクシャルグッズ業界の双方にとって大きな意味を持ちそうです。

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