はじめに
発足から3年目に突入した米国のトランプ政権。これまでを振り返ると、1年目は税制改革や規制緩和などで経済重視の姿勢を示し、2年目は保護主義政策を前面に打ち出したことで、米国景気ひいては世界景気への減速懸念が高まりました。はたして、実体経済はどうなっているのでしょうか。
3月に米国のニューヨークとワシントンを訪れ、国際機関の経済予測担当のエコノミストや民間の地政学分析者などの話を聞く機会がありました。今回は筆者が現地で感じた最新の米国事情などをレポートします。
エコノミストの見方は「減速でもプラス成長」
米国内の観光客も多く訪れるニューヨークの景気の体感温度は、高く感じました。リーマン・ショック以降、雇用回復や賃金上昇の勢いの強さなどが、委縮していた消費を拡大させてきたわけですが、その勢いは今も続いていることが確認できたように思います。
市場では、2018年の米国経済について、政府機関の一時閉鎖で経済指標の発表が遅れたこともあり、実態経済が不透明と認識されたことに加え、2019年第1四半期(1~3月)の企業活動にも弱さがみられていました。
しかし、財政拡大政策や金融政策の緩和的スタンス、雇用増大などから、それほど大幅な景気減速(スローダウン、成長率はプラスだが速度は鈍化)や景気後退(リセッション、成長率がマイナス)に陥ることはない、とみて良さそうです。
金融政策については、最近、大統領自ら「利下げするべき」と語っていますが、そもそも金利の引き上げ過ぎが景気後退をもたらす可能性は低いとみています。なぜなら、インフレ率が低めに抑えられ、銀行の融資態度の緩みや財政拡大政策が打ち出されたからといっても、金融市場にバブルが起きているようには見えないからです。
2019年は、減税効果が剥げ落ちるなどして成長率が押し下げられることは致し方ないとしても、経済指標のどれをとっても景気後退を心配するほどの内容になるとは考えにくく、景気減速の程度がどのくらいになるのか、ということが市場の関心事になると思います。
このことは、国際機関のエコノミストの「市場のセンチメント(投資家心理)の悪さは不可解で、米国や中国を中心に実体経済は強いだろう」といった認識にも表れています。
中国、日本、インドも総じて安定か
中国について、2018年は民間企業などを含む企業へのデレバレッジ(債務圧縮)と、地方政府の資金調達の難しさからくるインフラ投資の減退などで、国内需要は低下しました。しかし、年後半から今年にかけて、人民銀行による預金準備率の引き下げや政府の中小企業対策などが打ち出されており、その効果が今後表れてくるとみています。
なお、税制改革(減税)などの効果は発現までに時間がかかることから、実際に効果が表れるのは2019年後半になると思います。
日本については、自然災害などの影響から脱する過程での短期的な成長率の減速は小さく、需給ギャップは貿易拡大で改善し、消費増税の影響も各種政策でかなりカバーされることが期待されます。長期的にはGDP(国内総生産)比で海外資産を最も多く持つ国として、安定すると思います。
インドについては、短期的にはモディ政権が今年の選挙を乗り越えて継続するとみています。また、会社更生などのルールを決めた破産法で銀行の不良債権処理が進み、改めて設備投資やインフラ投資に資金を振り向けやすくなっており、この効果が今後表れるとみています。
長期的には、成長率の変化が相対的に大きいことや、破産法や消費税に似たGST(商品サービス税)の導入で、政策運営が改善され始めていることに注目すべきでしょう。ただし、いまだにGDPに占める農業の比率が高いため、中所得国になるまでには時間がかかるとみています。
センチメント改善はいつまで続く?
2018年10~12月に世界株式市場は大きく下落しましたが、2019年2月以降、多くの主要市場で回復がみられました。これは当時、一部で強く主張された「景気後退リスク」の影響による弱気なセンチメントが反転し始め、今年2月頃からは報道などで「景気減速の織り込み」という表現に変わってきたことで説明ができそうです。
つまり、2016年前半のように、経済のマイナス成長などをいったん恐れた市場参加者が心配しすぎたことを調整し、リスク資産を持つことへの迷いを減らしているからでしょう。このような時期には、出遅れた資産を探して投資する方法が良いと思います。
今年前半は、主要市場で2018年の高値水準(9月頃)に戻るなどの改善が続くことで、センチメントは予想外に早く回復しそうです。すでに中国を含む多くの株式市場で昨年の高値水準に戻っていますが、景気減速懸念が「減速の程度」をめぐってまだ弱気にみえているようなので、センチメントの改善が継続し、出遅れた資産を物色する傾向は続くとみています。
年後半には、さらに成長率の程度に関心事が移り、インドの成長率加速や中国の政策効果の実現など、新興国の成長が注目されるでしょう。
先進国においては、年後半に2020年の景気後退リスクが再燃する懸念はあるものの、現実には設備投資の過熱感などが見られない限り、あるいは中央銀行が懸念するような資産市場のバブルが観察されない限り、景気後退を予想する必要はないとみています。
<文:チーフ・ストラテジスト 神山直樹>