はじめに

「実質賃金は平均値だから下がる」は本当か

――確かに、賃金のうち「実質賃金(名目賃金から物価変動の影響を除いたお金)が下がっている」ことは、これまで専門家も指摘してきました。一方で、「実質賃金が下がるのは、雇用が回復し、非正規雇用が増え、賃金が低めの人が増えた分、平均値が下がっただけ」との主張も聞かれます。

名目賃金(額面そのままの賃金)も平均値です。「平均値が下がったのが原因」と言うなら、名目賃金も当然下がるはず。でも、こちらは2013年にちょっと下がり、あとはわずかですが上昇している。少なくとも下がってはいない。だから「平均値が下がったのが原因」というのはウソなんです。

また、平均値を主張する人はなぜか、「物価の急上昇」を考慮しない。特に「円安による(円の価値が下がったことによる)物価上昇」を都合よく無視する。物価の上昇を認めたとしても、その原因を2014年に消費税が上がったからだと、消費税だけに見ようとします。これも誤解です。

2013年から3年間だけでも物価は4.8%上昇しています。日銀の試算によれば、そのうち2%分は消費税増税に起因するものです。したがって、残る2.8%は円安に起因するものと見るべきでしょう。

円安によるインフレのほうが物価上昇に与えた影響は大きいのです。つまり、消費税だけでなく、そこに円安によるインフレをさらにかぶせしまったから、ドーンと物価が上がったのです。

では、円安はなぜ起きているのか。アベノミクスの第1の矢である異次元の金融緩和のためです。「円が大量に供給されて円の価値が下がる」と予想した投資家たちが円売りに走ったことなどにより、円安が進行しました。

多くの人の説明が“芯を食っていない”ワケ

――「過去の好景気に比べると低成長」「アベノミクスの金融緩和政策による円安効果は一部の輸出企業が潤っただけ」など、これまでにも政府の経済政策に対して懐疑的な指摘は少なからずありました。

それもありますが、円安で物価上昇を引き起こしたことで、全体の経済状況を逆に引き下げてしまった。その影響はとりわけ大きい。消費者物価指数はいろいろな商品の価格を総合したものなので、食料価格指数を見ると物価上昇はもっと顕著にわかると思います。アベノミクス前の2012年と比べると、2018年は実に10%以上も上がっています。

ここ数年、特に食品は値段が上がったか、値段がそのままでも中身が少なくなったと感じる人は多いでしょう?これは円安で輸入物価が上がったからです。

景況感によくわからないモヤモヤ感を抱くのは、こうした現象に加え、「物価を上げる」ことを「良いことだ」と思っているからではないでしょうか。それが、景気に対する見方を混乱させているのだと思います。

値上げと聞くと「えー、嫌だ」とみんな思いますよね?経済政策として掲げられている物価上昇も、単純に「値上げする」ということ。言い方が違うだけで意味は同じです。経済を支える肝心の“買う側”にとっては、基本的には嫌なことでしかない。それが今ひとつ、理解されていない。

素直に考えれば、賃金が上がる→購買力が上がる→その結果として物価が上がる、という順番になる。物価が上がる→賃金が上がる、にはならない。しかし、アベノミクスを推進してきた人たちは「物価を上げれば賃金も勝手に上がる」と思い込んでいたのです。

これは、物価が上がれば、労働者側から使用者に対し賃金上昇圧力がかかるということを前提にしていると言っていいでしょう。しかし、日本の民間企業の労働組合組織率は16%程度に過ぎず、あっても比較的規模の大きな企業に集中しており,労働組合のない企業がほとんどです。したがって、「物価が上がったから賃金を上げろ」などという圧力は働きません。

また、リフレ派は「物価が上がる」とみんなが予想すれば、その前にみんなモノを買おうとするので消費が伸びる、と考えていました。しかし、これは間違いだったことは、さきほど挙げた世帯消費動向指数など、国内消費の推移を見れば明らかです。

――経済が回る理屈について素直に考えるべき、と。

単純に考えるべきところを複雑にしたうえに、芯を食っていないんですよ。

たとえば、実質賃金は名目賃金指数と消費者物価指数と実質賃金指数、この3つの数を必ずセットにして考えないといけないものです。名目賃金から物価の影響を除いたのが実質賃金ですから。

そして、この3つの線を素直に並べてみると、アベノミクス開始以降、まるではがれるように3股に分かれている。異常です。過去を振り返ると、賃金と物価の推移はずっと連動していたのに。

私も2016年頃に「実質賃金が下がっている」という批判を聞いたので、「本当かな。でも、民主党政権時代よりうまくいっているんでしょう?」と思い、確認するために調べたのが、もろもろの分析に至るきっかけでした。

そこで、3つをセットで見たら、何が実質賃金を下げているのか、グラフを見て一目で理由がわかりました。物価を急に上げ過ぎたのです。なぜ、私と同じような分析をする人がいないのか不思議です。それから、円安にも誤解があります。これも、景気を見誤る原因の1つだと思います。