はじめに
「円安は善である」は本当か
――どんな誤解でしょう?
「円安は善である」という思い込みです。実際は、円の価値が下がって貧乏にさせられただけ。
明石順平…弁護士。1984年生まれ。2009年法政大学法科大学院卒業。2010年弁護士登録。ブラック企業被害対策弁護団所属。著書に『アベノミクスによろしく』『データが語る日本財政の未来』
――とはいえ、輸出企業は円安のほうが利益は膨らみます。
いや、もっと限定したほうがいいでしょう。「経団連傘下の輸出企業にとって」良いだけ。超・部分最適なんです。
外国で売る場合、商品価格は外貨建てですから、円安が進行すれば為替差益で大きく儲かる。たとえばドル建ての売買価格を据え置きにした場合、1ドル80円の時と比べると、1ドル120円だったら円換算したときの売り上げが1.5倍になるわけです。しかし、その為替差益の恩恵を受けた製造業ですら、実質賃金は下がっています。
一方で日本のGDPの6割は国内消費です。そして、円安は輸入物価を上げます。その物価上昇を名目賃金の上昇が下回れば、実質賃金が下がります。それは国民の購買力が下がったことを意味するので、消費は当然落ちるわけです。
飲食業、小売業などの国内消費に頼る企業にとっては原材料費が高くなるうえに消費も落ちて儲からないので、給料を上げる理由がありません。
とにかく賃金と物価の関係を見る
――雇用の増加や株価の上昇をもって景気は上向いているとし、アベノミクスの成果だという見方もあります。
雇用が増えたのは、生産年齢人口の減少、雇用構造の変化(正規雇用の非正規雇用への置き換え)、医療・福祉分野の需要増という要因が重なったものです。アベノミクスとは関係ありません。
特に、増えた雇用の内訳を見ると、よくわかります。2018年と2012年を比較すると、一番増えたのは医療・福祉分野で、ダントツの125万人増加。これは高齢化の影響です。
それ以外も小売りや飲食など、アベノミクスが引き起こした「円安」と関係ない業種が上位を占めます。消費をあれほど冷やしていなければ、むしろもっと増えていたと言うべきでしょう。
株価上昇はすでに言われていることですが、日銀の異次元金融緩和とETF(上場投資信託)買いに加えて、GPIF(年金積立金管理運用独立行政行政法人)による年金資金の投入の影響が大きいと考えられます。
これらの公的資金投入については「市場の売買額に占める割合は少ないので,影響はそれほど大きくない」といった意見もあります。確かに、投入額の全体に対する比率は低いかもしれません。しかし、「公的資金が投入されるから株価が上がるかも」と期待して株を買う人は増える。そして、株価は確かに上昇しているのです。
しかし、ここで最も重要なのは、株価上昇で利益が出ているといっても、売らない限り、実際の利益は確定しないという点です。いつ売るのか。日銀やGPIFが大量に株を売ったら何が起こるか。株価は暴落して、日銀もGPIFも大損害を被るでしょう。
たとえ少しずつ売ったとしても、混乱を避けることは不可能です。あまりにも株を買い過ぎたからです。
――今後、私たちは何を注視して景気を考えるべきでしょうか。
とにかく賃金と物価の推移を見ることです。また、絶対に見逃してはいけないのが「為替市場がこの状況をどう見るか」でしょう。これほどめちゃくちゃなことをして、円の信用がこのまま維持できるとは到底思えません。
それから、一般人にとってやたらに難しかったり、わかりにくい専門家の経済解説には要注意ですね。もちろんやたらに単純でわかりやすいものも怪しいかもしれませんが、わかりにくいのは今の経済政策に対して擁護派だから、というのもあるでしょう。
うまくいっていないものを擁護しようとすると、よくわからない屁理屈をこねるしかなくなる。だからわかりにくい。
専門家といえども、「人はみなポジショントークで話す」という意識を持って、さまざまな説を比較してみるといいと思います。