はじめに
5月にも合意すると見られていた米中貿易交渉。期待は見事に裏切られ、米国は中国への制裁関税第3弾の税率引き上げと、全輸入品に対象を拡げる第4弾の計画を発表し、中国も米国に報復関税をかけると打ち出しました。
合意も近いと思われていた交渉は、なぜ暗礁に乗り上げてしまったのでしょうか。今回は、中国の国内事情から推察してみたいと思います。
中国は意外と民主的な国だった?
米中貿易交渉が突然暗礁に乗り上げたのは、中国側の行動の変化が、実務レベルの合意がおおむね白紙に戻された、と米国側に映ったからです。具体的には、中国が国営企業優遇や補助金供与による企業支援などの政策を取りやめる改革について、法律の変更ではなく政策で対応したい、と報じられたことがきっかけになったようです。
これまで、中国の経済成長は地方政府に目標として委ねられ、地方政府は傘下の投資会社である融資平台などシャドーバンキングで資金を集め、補助金政策を活用して他地域から企業誘致するなど、なりふり構わずプロジェクトへ投資しました。
その結果、不採算プロジェクトが増え、中央政府はプロジェクトそのものの見直しや地方財政改革などに取り組み始めました。このため、国内改革派は、不十分な知的財産権保護や国営企業優遇、補助金供与など、米国が中国に要求する不公正の改善そのものが、本質的に中央政府が取り組もうとしていることと同じで、貿易交渉をきっかけに一気に進めようとしたのです。
一方、国内保守派は、習近平政権が国営企業優遇や補助金政策などを廃した後、仮に民間企業中心の競争環境を経済システムの中心に据えた場合、中国が「世界の工場」の地位を維持して高付加価値の生産ができるようになる前に、経済成長できなくなるおそれがあるとします。つまり、経済成長モデルを示せていないと主張しているのです。
そうであれば、習政権が今後早い段階で解決策を打ち出すことは難しくなり、貿易収支改善策を小出しにしながら米国と交渉しつつ、国内にも配慮することになります。
上記のことから、おそらく習政権は国内保守派に米国との交渉の進め方を納得させられなかったために変節した、と考えられます。さらに興味深いのは、習氏はすべてを決定する「皇帝」になれず、中国の政策意思決定を調整しながら進める程度に「民主的」なのかもしれない、という点です。
中国が先進国に追いつけない本質的な問題
中国は、世界水準と比較して付加価値が低い分を、国営企業優遇や補助金供与などで非効率ともいえる「コスト」で補い、そのコストを間接的に中国国民が支払っているのです。
国際機関が発表する1人当たりGDP(国民総生産)をみると、中国は台湾の半分以下とみてよさそうです。このことは、中国として受け入れがたいと思われます。
1人当たりGDP、つまり生活水準を引き上げるということは、付加価値を引き上げることと同じことです。産業の生み出す付加価値を、単なる世界の工場の組立部門の価値から、「これがなければ困る」といった部品や機械、あるいは「このブランドの商品が欲しい」という消費財の価値を高めなければ、生活水準は向上しないのです。
逆説的に言えば、自国ブランドが確立してこそ、知的財産権を保護しようとするモチベーションが高まり、国営企業優遇にも補助金供与にも頼る必要はなくなるのです。つまり、中国は付加価値が低いという意味で、まだ貿易摩擦を解決する段階に至っていないともいえます。