はじめに

目黒女児虐待死事件の母親の公判で、5歳の女の子の死に至るまでの凄惨な様子が明らかになる中、鹿児島県出水市では4歳の女の子が母親の交際相手の暴力により亡くなりました。

虐待事件が起きるたびに上がるのは、児童相談所に対する非難の声です。全国的に人手不足といわれている児童相談所。しかし、虐待の通告には、そんな児童相談所の業務を不用意に圧迫しかねない問題点があるのではないでしょうか。


子育て支援センター職員の突然の訪問に驚く

神奈川県のある集合住宅に住むAさん(女性・37歳)は、3歳の女児と1歳の男児とを育てています。ある日、子育て支援センターの職員から突然の訪問を受けたといいます。

「このあたりで、子どもの泣き声が聞こえるというお電話がありました。お子さんはいらっしゃいますか?」

戸惑うAさんをよそに、職員は子どもたちの顔や手足、服をめくって全身をくまなく見て帰ったといいます。

「このあたりで、といっても、このマンションには、小さな子どもがいるのはうちだけなんです。中高生のいるお宅が2軒ほどあるくらいで、ほかは年配の方が多いんですよね。マンションの隣は駐車場で、声が聞こえるような距離に隣接する住宅もありません。そんな環境ですから、ピンポイントでうちのことを指しているのだと思います。きっと職員の方も、そう思ってうちに来られたのでしょう。誰かから虐待を疑われて通告された。そう思うと怖くなってしまって…」

それ以来、マンションの住人とすれ違うと「にこやかに挨拶を交わしてくれるあの人が、実は腹のなかでは私を疑っているんじゃないか。親切そうなこの人が、もしかして」と疑心暗鬼に駆られ、外に出るのが苦痛になってしまったといいます。

Aさんには虐待はおろか、子どもたちが日常生活のなかで妥当な範囲を超えるような泣き方をした覚えもありません。またマンションの居住者に子育て世帯が少ないことから「ただ単に子どもの声をうるさいと快く思わない人が、不満を募らせ悪意をもって通告した可能性もあるんじゃないかとも思うんです」と語ります。

この一件を経て、いま思うことを聞いたところ、Aさんの答えは、子育て中の親御さんたちから多く聞かれる声と同じでした。

「たとえば私が子どもを叱っていて、それを見た誰かが虐待だと思えば通告されてしまうのでしょう? それってすごく怖いなと思うようになりました」

児童虐待防止法とは

すべての国民には、児童虐待について通告義務があります(児童虐待の防止等に関する法律 第6条(児童虐待に係る通告)、児童福祉法 第33条12(通告))。
※以下「児童虐待防止法」とします。

児童虐待防止法では通告の義務が発生するときについて、従前来は「児童虐待を受けた児童」 を発見したとき、という文言で記されていました。

しかし虐待を早期発見するために、より広く通告されることを目的として、2004年(平成16年)に「児童虐待を受けたと思われる児童」と改められました。

これにより「虐待の事実が必ずしも明らかでなくても、子どもの福祉に関わる専門家の知見によって児童虐待が疑われる場合はもちろんのこと、一般の人の目から見れば主観的に児童虐待があったと思うであろうという場合であれば、通告義務が生じる」(厚生労働省「子ども虐待対応の手引き」)こととなっています。

つまり“第三者の主観”であっても通告すべきとされているのです。

もし虐待の事実はなく誤った通告であったとしても、通告者はそれによって刑事上、民事上の責任を問われることは「基本的には想定されないもの」(厚生労働省「子ども虐待対応の手引き」)とされています。

また児童福祉法第33の13や同手引きには、通告者のプライバシーの保護・秘密保持義務が明記されており、通告したことによるトラブル発生を回避するような配慮がなされています。通告者は非常に守られた立場にあると言えるでしょう。

それに比して、通告を受けた側の親子は、それが虚偽や誤りである可能性をはらんでいるにもかかわらず、通告されてしまえば、プライバシーの保護はおろか、子どもの児童相談所送致や、出頭要求、立入調査といった措置を受けるほかありません。

子どもの福祉という観点から、見過ごされるよりは、たとえ誤りであったとしても通告されるほうが望ましいでしょう。しかし、現行の通告のありかたは、一方で逆効果になりかねない危険性をはらんでいるとも考えられます。

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