はじめに

自ら成長する意欲があればこそ

この「体験的共感力」は、本を読んだだけでは決して身につきません。自身がどういう苦労の経験をしてきたかにかかっています。だとすれば、どういう人が強いか。それは、苦労してきた人です。そして、仕事に真剣に向き合えば向き合うほど、たくさんの苦労を経験するのですね。

私も、著書にはあまり書きませんが、厳しい法人営業の世界で、いろいろな苦労をさせていただきました。そのおかげで、ささやかながらも体験的共感力を身につけることができました。この体験的共感力は、良きリーダーになるためにも、重要な資質だと思います。

なぜなら、部下は自分たちのリーダーについて、正反対の2つの言葉を語るからです。

1つは、「あの人は苦労知らずだから、我々の苦労をわかってくれない」という言葉。もう1つは、「あの人は苦労人だから、我々の苦労をわかってくれる」という言葉です。
このどちらの言葉を部下から言われるのか、それは、AI革命の時代に生き残れるかどうかということを超え、マネジメントの道を歩む人間にとって、極めて大切なことです。

そして、この「対人的能力」を身につけたならば、さらに一段上の「組織的能力」も身につける必要があります。

先ほど述べたように、マネジメント業務のうちの管理業務は、すべてAIが担うようになっていきます。では、人間にしかできないマネジメントとは何か。それは、「心のマネジメント」です。

心のマネジメントとは、たとえば、苦しんでいる部下を励ますことであり、成長の壁に突き当たっている部下を支えることです。たとえば、部下が勇気づけられるような、心に沁みる言葉を語れるかが問われるのです。

そして、皆さんがもし、リーダーとして部下の成長を支えたいと考えているのなら、何よりも、自分自身に問うべきことがあります。それは、自分自身が成長したいと強く願っているかどうか、ということです。「この部下たちと一緒に成長したい」と、誰よりも強く願い続けることです。その意欲があるならば、皆さんは、必ず、良きマネジャー、良きリーダーになっていけるでしょう。

著者プロフィール
田坂広志(たさか ひろし)
1951年生まれ。74年東京大学卒業。81年同大学院修了。87年米国シンクタンク、バテル記念研究所客員研究員。同年米国パシフィック・ノースウェスト国立研究所客員研究員。90年日本総合研究所の設立に参画。10年間に延べ702社とともに20の異業種コンソーシアムを設立。多摩大学大学、現在名誉教授。シンクタンク・ソフィアバンクを設立。05年米国Japan Societyより、US-Japan Innovatorsに選ばれる。08年ダボス会議を主催する世界経済フォーラムのGlobal Agenda Councilのメンバーに就任。10年4人のノーベル平和賞受賞者が名誉会員を務める世界賢人会議Club of Budapestの日本代表に就任。11年内閣官房参与に就任。13年「21世紀の変革リーダー」への成長をめざす学びの場、「田坂塾」を開塾。現在、全国から5000名を超える経営者やリーダーが集まっている。著書は、国内外で80冊余。

能力を磨く 田坂広志 著

能力を磨く
「職業の半分が消失」「所詮、人間を超えられない」などAIに対する反応は様々。本書は、「悲観論」「楽観論」を超えて、AIに決して淘汰されない、人間だけが持つ【3つの能力】(職業的能力、対人的能力、組織的能力)を磨く方法を、具体的に教える

(この記事は日本実業出版社からの転載です)

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