はじめに

知らないと怖い1on1の影響

そこで、1on1の良い点と問題点について、精神科医の斎藤環さんに伺いました。斎藤さんは最近、複数で対話をしながら精神病を治療する「オープンダイアローグ」という治療法について研究・執筆しています。1on1とは対極的な世界観のオープンダイアローグの観点からみると、1on1ではどんな問題が起こりうるか、実施する時には何を注意すべきなのでしょうか。

──1on1についてどんな感想を持ちましたか。

斎藤環(以下斎藤):何もしなければコミュニケーションがゼロになってしまう、もしくはメールだけになってしまうという状況の中では、顔を突き合わせて言葉を交わすチャンスはあったほうがいいと思います。

しかし、研修を受けていない人が、安易に密室で1対1でのカウンセリングまがいのことを行うことは極めて危険です。精神分析では、いち早く患者の無意識や内面に手を突っ込まないといけないので、関係性が簡単に深まるような1対1の場面を設定して行いますが、その特殊な関係性が患者に害をなさないように、禁欲原則などの様々なルールを設けて工夫してきた歴史があります。

──どのように危険なのでしょうか。

斎藤:簡単に関係が深まりやすいので、依存関係が泥沼化してしまったり、本人のメンタルな問題を無意味に深堀りしてしまう可能性があります。時間の問題でハラスメントや口説きに転じてしまう可能性も高いでしょう。

──なぜ、そのようなことが起こりやすくなるのでしょうか。

斎藤:1対1・密室・上下関係という条件が揃うと、必然的に「転移」が起こってくるためです。「転移」とは精神分析の用語で、定義は、過去の対象関係が目の前に人物に再現されることです。たとえば1on1の部下が女性で上司が男性だったら、父親転移といって、上司に父親に対して抱いていたのと同じ感情を向けてしまい、、依存関係や擬似的恋愛感情が起こってしまうことです。反対に、上司が部下に対して愛情や嫌悪感を持つことを「逆転移」と言います。感情を伴った認識は相互性が伴う事が多いですから、転移と逆転移は両立しやすい。

精神分析の世界では、転移が起こることにより治療が可能になると言われてきましたが、私が研究している「オープンダイアローグ」の世界では転移が起こらなくても治療が可能だということがわかってきました。むしろ、転移が起こると共依存関係に陥るリスクが高まってしまうので、起こさないほうがいいのです。

実際、初期の精神分析では、その人工的な感情を悪用して患者と性的な関係を持ってしまう治療者が出てきてしまった。フロイトは非常に禁欲的な人だったのでそういった乱れた話はあまり聞きませんでしたけど、周辺にいた人々はその関係性、権力関係を利用して女性患者を喰いものにしてしまったという事実があります。そういうことが起こらないように指導者は注意するべきであると戒める意味からも、「転移」という概念が生まれたわけです。そういう事実を知らずに素朴に1on1のようなことをやっていると、問題が頻出してくるというのはありうる話だと思います。


後半では1on1を行う際の注意点、具体的な方法について聞いていきます。
後編「職場のコミュニケーション」間違えると1on1する側もされる側も苦しくなる可能性

斎藤 環(さいとう たまき)

・1961年岩手県生まれ。筑波大学医学研究科博士課程卒業。医学博士。爽風会佐々木病院精神科医長等を経て、現在、筑波大学社会精神保健学研究室教授。専門は思春期精神医学、病跡学。「社会的ひきこもり」の啓発活動を続ける一方、サブカルチャー方面への発言も多い。著書に『文脈病』(青土社)、『「ひきこもり」救出マニュアル』(PHP研究所)など多数。近著に『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)、『オープンダイアローグがひらく精神医療』(日本評論社)、『中高年ひきこもり』 (幻冬舎新書)がある。

著者:斎藤環

オープンダイアローグがひらく精神医療

「開かれた対話」を通じて精神疾患にアプローチする。“一対一の面接”のもつ副作用と制約から精神医療を解放する新たな治療実践。

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