はじめに

出所した元受刑者たちの交流会も

実はこの島根あさひ社会復帰促進センターにTCが導入されたのは、刑務所関係者が、坂上監督のTCを扱った「ライファーズ」を見たことがきっかけだったそうですが、本作の取材交渉は困難を極め、取材許可が下りるまでに6年、撮影に2年を要したそうです。

さらに坂上監督は、インタビュー時間以外は受刑者に話してはいけないという制限をかけられ、刑務所内の受刑者の顔にはモザイクがかけられています。

しかし、そのモザイク越しの顔からも、ほのかに彼らの表情や、顔色を伺うことができます。そうして浮かび上がって来る彼らの表情は驚くほどあどけなさを残していたりもするのです。

映画の冒頭に読まれた「嘘つきな少年がいました─」という詩は、主人公のひとりである拓也が自分の少年時代のことを書いた物語から引用されています。

施設に預けられて育った彼は、幼少期のことはほんの短い間だけ一緒に暮らした母親のシャンプーの匂いくらいしか覚えていないそうです。生まれてから「心休まる安全な場所」を持ったことが一度もないといいます。

振り込め詐欺の受け子になるという罪を犯し、詐欺と詐欺未遂の罪で2年4ヶ月の刑期にある彼の人生には、自分の心の本音を語る機会すら欠けていたことが、プログラムを受ける彼のようすから伝わって来ます。

自分の犯した犯罪の、被害者役に他のメンバーがなり、罪の重さを振り返るプログラムでは、お金に困って親戚の家に押し入った健太郎が、被害者役のメンバーから厳しい言葉を浴びせられます。このような時間を通して、受刑者たちに自分たちの罪の重さを自覚させようとしているのでしょう。

映画のなかでは、刑務所を出所した元受刑者たちの、交流会の様子も映し出されます。彼らの顔には、モザイクはかかっていません。それぞれが新しい社会復帰の道を歩き始めていますが、なかには犯罪行為を再開しそうになっている元受刑者もいて、その告白には仲間たちから厳しい言葉が寄せられます。

出所前のインタビューで、ある若者は坂上監督に「握手してもいいですか」と願い出ますが、刑務所の規則で身体接触は認められておらず、立ち会った刑務官に許可できないと言われてしまいます。

「握手ダメだって」と、寂しそうに笑いながら去って行く彼の姿が印象的です。そんな若者の顔が、刑務所の外に出てからこれまでかかっていたモザイクが取れるシーンがあります。ひとりの若者のその表情は、ぜひ劇場で見てほしいです。

犯罪傾向の進んでいない男子受刑者およそ2,000名が入所している島根あさひ社会復帰促進センターですが、TCの受講を認められるのは、30〜40名程度だそうです。

6割の受刑者が再犯者であるという現実

法務省の矯正統計年報によれば、刑務所の入所全体における再入所者の割合は、平成24年には58.6%。つまり、刑務所全体では、6割の受刑者が再犯者であるというほど、刑務所を出てから再び刑務所に入る人数は多いのです。

そんななかで、このTC出身者の再入所率は、他のユニットと比べて半分以下という調査結果もあります。この「プリズン・サークル」という映画は、TCというプログラムの有効性を論じる上でも、今後貴重な資料となるでしょう。

同時に、一般の観客にとっても、この社会における犯罪と刑罰の問題のみならず、私たち人間は自らの罪に対してどう向き合えるかという、根本的な問題も問いかけてくるのです。

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