はじめに

東京理科大学発ベンチャーのイノフィスが販売する「マッスルスーツ」は、肉体労働時の腰の負担を軽減する装着型のパワーアシストスーツ。2018年に発売した、販売価格約50万円の「Edge」は主に、腰に負荷がかかる業務が多い介護の現場や、物流業界、農家といった産業の場で活用されていました。

一方、2019年11月に販売を開始した新モデルの「Every」は、13万6,000円(税別)という価格を実現。一般家庭の需要も視野に入れ、家電量販店やホームセンターでも販売しています。なぜ業界初となる10万円台まで価格を落とせたのでしょうか。開発した東京理科大学の小林宏教授に話を聞きました。


設計思想自体が違う

マッスルスーツは背中部分の三角形のフレームに人工筋肉を内蔵しており、手動のポンプで空気を入れて空気圧で縮む人工筋肉の力を使い、上半身を起こす動作のアシストをする仕組みです。シリーズの累計販売台数は7,000台を突破しました(2020年1月末現在)。

なぜ新モデルのEveryは価格が安くなったのか。理由はシンプルで、小林教授によると「設計思想が違う」のだといいます。

「(開発段階にある製品には、)量産向けの設計と(単体で組むことを想定した)試作機の延長のような設計があって、コンセプトが違います。

板金で作ったフレームにパーツを溶接する先代モデルと違い、Everyは金型を使った樹脂一体型フレームで、大幅に工程を減らしました。これだけでもコストはだいぶ落とすことができます。さらに量産のプロであるリコーグループの協力を得て、汎用部品にしました。そこで部品のコストも抑えられています」

Edgeが4.3kgだったのに対して、Everyは3.8kg。パーツが減り、一体型のフレームになったことで重さも軽減しました。

東京理科大学の小林宏教授

販売価格を格段に落とせてスーツの重さも軽くなり、いいこと尽くめのように思えますが、量産型で販売するにはそれなりの覚悟がいると言います。

「試作機延長型のモデルはひとつひとつ組み立てるので、1台の値段は上がりますが、1回分の生産コストしかかかりません。量産モデルの場合、金型をつくるのに数千万かかるので、元を取るためには数ヵ月で数千台を売り切る計算になります。今はまだアシストスーツのマーケットができていないので、ある意味勝負でした。

ただ市場を拡大させるにはコストがネックであるのは間違いなくて、これまで『性能は良いけど、値段が』と言うお客さんがほとんどでした。みなさん、価格を見た時点で引いてしまうんです。ですから家電並みに下げなければいけなかったんです」

「誰にでも使えて、装着しやすい」

モーターやそれに付随する電気回路を搭載した他社のモデルと比べて、イノフィスのマッスルスーツはつくりが非常にシンプル。構造的に価格が下げやすかったことも、10万円台で打ち出せた要因の一つでした。

「ものづくりはシンプルイズベストです。本質的なところを作り込むことが、エンジニアリングの基本ですよ」と、小林教授。真剣な眼差しで指摘します。

シンプルな形状は「誰にでも使えて、装着しやすい」という実用的な面でのメリットも。業務に追われる現場では、補助金を使って購入しても、使いこなすために時間のかかる補助器具は実務の中で敬遠されてしまい、なかなか定着しないケースが数多くあります。

その中で、マッスルスーツは使い続けられる製品だったからこそ、性能の良さを実感するに至り、現場に導入されてきました。そういった実績も、量産型に踏み切れた理由にあります。

さらに、モーターを使うアシストスーツより人工筋肉を使うマッスルスーツの方が、強い力を出せるといいます。小林教授は「力が強く、軽くて安いから選ばれているんです」と、胸を張ります。