JACKさんは株関連で複数の著書を持つ投資歴30年以上の兼業投資家です。日中の値動きを確認できない会社員でも挑戦可能な新規公開株(IPO)投資を研究し、資産を伸ばし続けてきました(築いた資産は2億円以上)。株投資とIPOとの出会いを聞きました。


株を始めたきっかけは?

――JACKさんは投資歴が長く、株、不動産、FXなど様々な業界で多くの仲間や友人を作っています。投資の世界に踏み込んだきっかけは何だったのですか。

そもそものきっかけは親が株式投資をしていたことです。当時の僕は学生で、最近の若い人たちのように将来のお金を心配したり、運用して増やそうといった真面目なことは全然考えていませんでした。そんな時、親が僕の名義で買っていたNTTの株が上場とともに値上がりしたため、その利益で株をやってみることになったのです。種銭は200万円くらいだったと思います。学生でしたし株の知識もありませんので、親の株の運用を担当していた証券会社の人に言われるまま投資信託などを買ったのが最初です。

――利益は出たのでしょうか。

出ましたね。地合いがよかったのだと思います。その後、個別株も面白そうだと思ってトヨタ自動車やソニーなど有名どころを少しずつ買うようになり、それらもやっぱり利益が出て、順調にお金が増えていきました。
ただ、今と違って株関連の情報が少なく、マネー雑誌なども少ない時代です。売買手数料も高かったため、買った銘柄は基本的には持ちっぱなしでした。会社四季報を買って銘柄研究っぽいことを始めたのは20歳を過ぎたくらいのころからです。

――国内がバブル景気で株価も預金の利息も上がっていったころですね。

そうですね。定期預金しておくだけでも4%、5%の利息がつきましたので、リスクをとって株をやる必要性もそれほど感じていませんでした。あぶく銭のような余裕資金だから気軽にやってみようかなと思えたのだと思います。持ちっぱなしですから株価もほとんど見ていません。定期的に担当者が親に会いに来ていたので、その時に自分の銘柄も確認して「おお、増えている」とか、そんな感覚でした。

含み損に喘いでいる中でIPOと出会う

――将来的に本格的に投資をしようという意識は持っていたのでしょうか。

ないです。会社員として勤めるつもりでしたし、実際、会社員になり、今も兼業投資家です。それでも長く続いたのは、何度か大きな暴落局面はありつつも、お金が残ったからだと思います。今は経験が増えたので多少のことでは驚きませんが、もし株を始めたばかりのころにコロナショックのようなことが起き、200万円が100万円とか50万円になっていたとしたら続けていなかったと思います。

――過去30年の間には様々な暴落がありました。今も市場はコロナショックで荒れています。そういった暴落に巻き込まれずに済んだということですか。

いやいや、暴落があってもどうにか生き残れたというだけで、その都度、資産はちゃんと減りました。2000年前後の金融危機のときは、保有していたあさひ銀行の株価が下がり、含み損が400万円くらいまで膨らんだこともあります。普通に考えるとロスカットした方が良いのですが、切ると今まで積み重ねてきた利益が消えます。そこにどうしても抵抗感があって、どうしたらいいかわからないままギリギリまで持ち続けたこともありました。

――どのようにして乗り越えたのですか。

含み損はどうしようもならず悶々としており悩んでいたら、当時付き合いがあった証券会社の担当者から新規上場株を買わないかという話が来たのです。02年にジャスダックに上場したシンプレクス・テクノロジーという会社の株でした。聞いたこともない会社でしたし、何をしているのかも知りませんでした。ただ、公募で19万円くらいだというので、それなら買おうかと思いました。すでに数百万円の損をしていたので、20万円くらいならいいだろうと思ったわけです。
すると、それから1週間後に上場し、初値がほぼ100万円になりました。これが衝撃的で、以来、IPO投資にはまっていくことになったのです。