はじめに

"家族"という幻想

九州地方のある小学校の教員は、児童相談所の対応に対し、コロナ禍以前、普段から感じている疑問としてこう話します。

「児童相談所の対応で、平常時にもよくあることなのですが、たとえば、親御さんに虐待やDVといった暴力の問題があると。そうしたときに、直接親御さんへアプローチするのではなく、おばあちゃんがおなじ県内にいらっしゃるから、まずおばあちゃんへ話をしてみよう、とか」

ここには“家族”に対する幻想があるように感じられます。

・保護者に虐待や面前DVなどの問題があったとしても、おじいちゃん、おばあちゃんは、孫がかわいいはずだ
・孫を愛さない祖父母はいない
・お年を召した祖父母ならば、穏やかに話を聞いてくれるはず。わかってくれるはずだ
・祖父母は、孫のために子育ての手伝いをしてくれるはずだ

しかし、筆者の接している相談事例においても非常に多く聞かれることですが、かならずしも孫をかわいがる祖父母ばかりではありません。

一見かわいがっているように見えて、そこには過干渉や支配、子育て中の保護者に対する人格否定、自信を奪う、孫差別といった根深い心理問題が複雑に絡んでいる場合もあり、上記のような幻想を以って単純に見ることのできるものではありません。

またむしろその保護者自身が、子どもの頃に虐待を受けていたり、母娘関係や親子関係、育った家庭(「原家族」といいます)に暴力などの問題があって、それが現在の生きづらさや子育て、夫婦関係を含めた家族関係の困難さに繋がっていることが大変多いのです。

「自分が親と同じことを子どもへしてしまうことが怖いから」と結婚や子どもを持つことを避ける人たちもいれば、子育てをしていても、ともすれば「自分も親と同じことを子どもにしてしまっているのではないか」「あんな暴力的な親に自分の子どもを関わらせたくない。子どもを守りたい」という人たちもいます。

未曾有の事態により、子どもたちも保護者も、教育関係者も、皆、それぞれに大きな負担や痛手を負っています。立場の異なる他者を妬んだり非難したり、あるいは他者を蔑むことで自分の立ち位置を“上だ”“マシだ”と確認しようとしたり。そんな大人同士の対立構造のなかで置いてけぼりにされ犠牲になるのは子どもたちです。

今後、徐々に学校が再開されていくなか、学校生活への適応などの問題も起き得ます。そんなときにまわりの大人たちがともに手を取り合い、歩みを進めていく姿勢が求められるのではないでしょうか。