はじめに

罰則を作るにしても、何のために作るのか?

――体罰はダメというだけでなく、なぜいけないのか。そういった根本の理解、価値観の共有ということですね。報告書では、法律の整備や中立な立場で介入できる「日本セーフ・スポーツセンター」(仮)の設立も提案されています。

制度として罰則も機関も必要です。ハラスメントをした人の情報を共有し、指導者の資格を一時停止にする。他で指導できないようにするなどです。しかし、その罰則の裏にも必ずメッセージがなくてはいけない。

繰り返しになりますが、何のためにその罰則はあるのか?最終的に指導者を辞めさせるために罰則があるわけではなく、子供の福祉のためにあるというメッセージがなくてはいけない。このメッセージがないまま、罰則だけ厳しくしても、指導者が保身から余計に隠ぺいに走ったり、あるいは罰則自体が新たなハラスメントのようになり、いじめが繰り返される構造が続いてしまいます。

罰則だけを設け、「あんな指導をしているやつはダメだ」と言うだけでは、指導者側も「あいつとは話したくない」となってしまう。価値観を共有するための必要な対話ができなくなるからです。

――しかし、指導者と選手では権力差もあります。この両者での対話は難しいのでは?

対話を妨げる一番大きな要因は不安です。いわゆる縦社会の下の方にいる選手からすると、監督に楯突いたら競技人生を棒に振ってしまうかもしれない不安がある。一方で、上は上で結果が出せないことで「この業界を追われるのではないか」という不安がある。上も下も不安なんですね。だから、本音が言えない。

しかも、この不安を解消するのに、日本の縦社会は構造として非常に都合がいい。意見を聞かなくてすみますから。日本人はみんなそこにはまってしまっている。

特に、スポーツ団体の会長になっている人たちも元・選手だったりします。そういう人たちほど、会長の地位から降ろされたり、団体から追われるということを本当に恐れている人は多い。

若い頃からスポーツだけしてきて、そこでしか生きられなくなっているからです。不安だから、勢い権力的な姿勢で統治しようとしてしまう。こうした不安を上手に解消する試みをしている国はあります。

(後編につづく。さらに具体的な対策についてお話しいただきます)

山崎卓也(やまざき・たくや)

弁護士。Field-R法律事務所。プロ・アマチュアスポーツのコンサルティングや選手の契約法務・交渉を行うスポーツ法務、芸能人および各種コンテンツビジネスの著作権保護などを扱うエンターテインメント法務を専門とする。スポーツ仲裁裁判所(CAS)仲裁人、世界選手会(World Players Association)理事、国際プロサッカー選手会(FIFPro)のアジア・オセアニア支部代表。

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