はじめに
その2「相続財産を引き継ぎたくない」
引き継ぎたくないという理由には、いろんな背景があります。例えば、他の相続人と話をしたくない、一切関わりたくない、自分ではなく他の人を相続人にしたい等々……。関係が悪いわけでもないのに財産を引き継がないということをイコール放棄と考えている方もいらっしゃいます。
前田エツ子さん(仮名:33歳)は、先日父親のタツジさん(仮名:65歳)を亡くしたばかり。ご家族は母親のノブさん(仮名:60歳)との3人家族でした。タツジさんの相続人は配偶者のノブさんとエツ子さんの2人です。
エツ子さんはタツジさんの財産は全部ノブさんに相続してほしいと思い、財産を引き継がないという考えから相続放棄を検討しました。もし相続放棄をしていたら、タツジさんの財産はノブさんに全額引き継がれることになるのでしょうか。
「その1『被相続人が残した借金の支払から逃れるため』」で解説した相続人の権利が移るという話は、前田さんご家族も例外なく子どものエツ子さんが相続放棄をした場合、タツジさんの配偶者のノブさんが相続人です。
しかし、第一順位のエツ子さんが相続放棄したことにより第二順位に相続権が移ります。
タツジさんの父母がご存命ならノブさんとともに相続人になるのです。タツジさんが遺言書を遺していない限り相続人全員でタツジさんの財産を分ける話し合いをしなくてはなりません。父母がご存命でも高齢になり認知症になっている可能性があります。認知症になっていたら父母本人は、財産を分ける話し合いができません。後見人を付けて話し合いをすることになります。手間も費用も掛かります。
「相続放棄」と「遺産分割協議」との違い
では、他に方法はないのでしょうか。
相続人であるエツ子さんとノブさんで、財産を分ける話し合い(遺産分割協議)をし、話し合いの結果、エツ子さんは財産を何も引き継がないとすることで、ノブさんにタツジさんの全財産が引き継がれます。プラスの財産のみだと遺産分割協議を選ぶほうが、煩雑にならずにすむかもしれません。
しかし、債務がある場合は注意が必要です。遺産分割協議で債務を引き継がないとした文面があったとしても、債権者が承諾しない限り相続人全員に法定相続分どおりの支払い義務が残るからです。ここが相続放棄と異なる点です。
相続放棄が、プラスの財産もマイナスの財産も全て引き継がず、はじめから相続人ではなかったとなるのに対して、遺産分割協議は、相続人ではあるけれど、話し合いの結果プラスの財産を引き継がないとすることが出来ます。
相続放棄と遺産分割協議のどちらを選択するかは、諸事情を検討しなければならないことも多いので、専門家に相談したうえで選択することをお勧めします。
<行政書士:細谷 洋貴>