はじめに

モンゴルと日本の知られざる歴史

――主人公タケシのように、私たちも今まで経験したこともないコロナ禍という世界で、急に暮らしていかなければいけなりました。今回の映画撮影をしていた頃には、今のような世界になることは予想もしていませんでしたが、そもそも作品を製作するきっかけは何だったんでしょうか?

5_ ©TURQUOISE SKY FILM PARTNERS / IFI PRODUCTION / KTRFILMS

ストーリー自体は、何年か前にモンゴルのスター俳優であるアムラ・バルジンヤムと会った際に、そこで盛り上がった話から端を発しています。

第二次大戦後に日本人捕虜が、モンゴルの首都ウランバートルにある国会議事堂やオペラ座などの建設に携わったそうです。旧ソ連におけるシベリア抑留の話は有名ですが、ここでも同様に日本人捕虜が労働力となりました。シベリアより待遇は良かったそうですが、強制労働に駆り出されました。

こういう話をモンゴル人はみんな知っているのに、なぜ日本人は知らないんだということをアムラに言われ、それをきっかけに、捕虜時代に現地の女性との間にできた子供を探しにいくという、あらすじができました。

都会っ子タケシに込めた心細さ

──映画の中では、都会っ子の代名詞のようなタケシが、都会での常識が通じないモンゴルの草原で格闘します。

あれ、じつは私の体験を元にしたものです。アムラとモンゴル国内を旅行した後に、今回の映画のシナリオを書き始めました。物語の中で車が故障して、タケシが何もない草原の中で一人ぼっちになるというシーンがあります。あれもそのままです。

というのも、草原では通常の携帯の電波が届きません。そのため「今から故障した車のパーツを探しに行く」とアムラが出かけていってしまったら帰ってくるまで連絡の取りようがないんです。故障部分のパーツを探すといっても、まず一番近い村まで行って、そこで村人から衛星電話を借りて、パーツがどこで手に入るか尋ねることから始まります。

──時間かかりそうですね……。

私との旅行中も、アムラは「すぐ帰ってくる」と出かけていくのですが、それが何時間後かはさっぱり分からない。私は、草原のど真ん中に8時間くらい待たされました。だんだん寒くなるし、車のライトも点かない。外は動物の泣き声や音がする。盗賊が車を持っていってしまうかもしれないから、車からは離れるなとも言われ……今の都会人が急にこういう状況下におかれると、かなり心細いです。