はじめに

恋愛や食事、子育て……身近な「運命」に最先端科学で迫る

「わたしたちが生まれ持った脳は、性格や信条、特別な人生経験を決定づけるのだろうか? これが、わたしが調査を試みる『運命』の意味だ」(本書P.16)

自分の専門である神経科学の知見をもとに、脳科学や遺伝子工学、分子生物学、生体心理学など、さまざまな分野で最先端の研究に従事する科学者たちを訪ね、彼らとの対話を通じて、著者は「運命」の意味に迫ろうとします。といっても、科学者だけに通じる専門用語が飛び交うことはなく、子育てや恋愛、食事、病気といった身近で具体的な話題が大部分を占めます。

たとえば、食事について、著者は

「食事という最も普遍的な行動さえ複雑で興味深く、えてして人が思うより選択の自由度は低い」(本書P.78)

と語りながら、マウスを使った次のような研究成果を紹介します。

中立的な条件のもとでマウスにサクランボの甘いにおいを嗅がせると、マウスは鼻をクンクンさせながら、サクランボを探して走り回るそうです。

だが、甘いにおいを嗅がせると同時に電気ショックを与えることを繰り返すと、甘いにおいと電気ショックという不快な経験の結びつきを学習したマウスは、ぎょっとしたように動きを止めます。

驚くべきは、この行動反応がマウスの子だけでなく、孫にも見られたことです。つまり、2世代前のマウスが学習した記憶が受け継がれていた、というのです。これが私たちにも当てはまるのなら、たしかに「選択の自由度は低い」と言わざるを得ないでしょう。

一方、性行動と生殖機能との密接な関係から、恋愛に遺伝子が深くかかわっていることは、比較的、よく知られています。女性が男性の体臭を重視するのは、自分とは異なる免疫系をもつパートナーを求めるからだ、といった話は、よくテレビでも耳にします。しかし、神経科学者としての知的欲求からなのか、著者は「遺伝子の渇望」とは直接的に結びつかない同性愛についてもアプローチしています。

もっとも、性的嗜好にかかわる遺伝子はまだ特定されていないため、そのメカニズムは解明されていませんが、男女ともに同性の年上の兄弟の数と同性愛に正の相関が認められるといいます。ある男性が同性愛者である確率は、兄の数が増えるごとに33パーセント増加するというのです。

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