はじめに

運命とは「到着の可能性が大きい目的地」

著者とともに科学者たちを訪ね歩くような気持ちで読み進めるうち、ゲノム(DNAのすべての遺伝情報)解読に成功した最新科学は、これまで神の領域とされてきた「運命」の意味をほぼ解明しつつあることに気づきました。そのことは、

「脳のことを学べば学ぶほど、運命はあらかじめ定められているという主張は強力になる」(本書P.299)

という著者の言葉からもうかがえます。

では、本を読んだり、摂生に努めたりして、よりよい人生を送ろうとする努力は、結局のところ、徒労にすぎないのでしょうか。私たちには、遺伝子に書き込まれた運命に沿った行動しか許されないのでしょうか。

「運命とは『絶対的で悲劇的なもの』という考えにとらわれず、『常に到着の可能性が非常に大きい目的地』だと考えるべきかもしれない」(本書P.19)

そう著者は言います。さらに、

「神経生物学がどのように行動を駆り立てるのかをもっと知ることによって、自分がコントロールできる決断を、より上手に下すことができるようになる」(本書P.34)

と、私たちに示唆しました。

2020年にノーベル化学賞を受賞したCRISPR/Cas(クリスパー・キャス)という画期的なゲノム編集技術によって、中国ではHIV(ヒト免疫不全ウイルス)に耐性をもつよう遺伝子を操作された双子の女児が、すでに誕生したといいます。

私たちは、かつてないペースで進歩しつづける神経科学をどうやって社会に適用させるべきなのでしょうか。「裕福な人たちの贅沢品にならないように注意する」ことが大事だという著者の指摘には、科学者の矜持と良心が込められています。

「運命」と「選択」の科学 著者:ハナー・クリッチロウ 著/八代嘉美 監訳/藤井良江 訳 著

「運命」と「選択」の科学
われわれが「自由意志」によると思い込んで「選択」しているものは、じつは遺伝子により先天的に決まっているかもしれない──。「運命」とは何か? 自由意志は幻想か? 定めを変えられるのか? 注目の若手研究者が、「運命」と「選択」の境界線を探る!

(この記事は日本実業出版社からの転載です)

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