はじめに

「常識的な感覚」と「法的な判断」はまったく違う

繰り返しますが、労働時間については、概念自体が非常にあいまいなものですし、また、当該時間が労働時間に該当するかは、その場面ごとの個別具体的な事情を踏まえて判断しなければなりません。そのため、労使間での争いになりやすいポイントでもあります。

とはいえ、「指揮命令下に置かれているか」という基準は、非常に広く解釈される性質のものです。誤解を恐れずにいえば、労働時間性の争いについて、裁判所は、あまり「労働の密度」「労働の強弱」というものを重視していません。

たとえば、休憩時間中に、ある従業員が1人で机に座ってスマホでゲームをしていたとしましょう。その部屋には電話が置かれており、その従業員は電話が鳴ったら応対するように指示されていたとすれば、たとえゲームをしていたとしても「その場を離れられないから場所的な拘束性がある→完全に労働から解放されていない→使用者の指揮命令下にある」という判断になりえます。そして、労働時間と認められれば、他の就労時間と同じように賃金が発生することになるのです。

みなさんのなかには、就業時間中に書類を作成したり、プレゼンをしている時間と、ゲームをしている時間で同じ賃金が発生するなんておかしいと感じる方もいるかもしれません。しかし、基本的には「労働の密度」「労働の強弱」というものは賃金には反映されないので、このような結論になりえるのです(もちろん、休憩時間外にゲームをしていたら、それは職務怠慢として、注意指導や懲戒の対象にはなりますが、それはまた別の問題です)。

労働時間かどうかを考えるとき、「常識的な感覚」と「法的な判断」とでは結論がまったく異なることがあるということを、まず理解しておくとよいでしょう。


著者プロフィール:樋口 陽亮(ひぐち ようすけ)
東京都出身。学習院大学法学部法学科卒業、慶應義塾大学法科大学院修了。2016年弁護士登録。第一東京弁護士会。杜若経営法律事務所所属。経営法曹会議会員。企業の人事労務関係を専門分野とし、個々の企業に合わせ専門的かつ実務に即したアドバイスを提供する。これまで解雇訴訟やハラスメント訴訟、団体交渉拒否・不誠実団体交渉救済申立事件など、多数の労働事件について使用者側の代理人弁護士として対応。人事労務担当者・社会保険労務士向けの研修会やセミナー等も開催する。

教養としての「労働法」入門 向井蘭  著

教養としての「労働法」入門
労働法制の歴史や世界の労働法制との比較をしながら、労働時間、休暇、配転、解雇などの労働法が定めるルールを解説。直接、実務や試験には役立たないかもしれませんが、多様な働き方が求められる今後の社会で生じる課題を解決する上でのヒントが満載です。

(この記事は日本実業出版社からの転載です)

この記事の感想を教えてください。