はじめに

読者のみなさんからいただいた家計や保険、ローンなど、お金の悩みにプロのファイナンシャルプランナーが答えるFPの家計相談シリーズ。今回は野瀬大樹氏がお答えします。

農地の売買と固定資産税についてのご相談です。私の家系は祖父の代まで農家でしたが、私が高校のときに父親が亡くなり、その後、祖父も亡くなり、今は母、私、息子、私の妹で暮らしています。現在、農地は人に貸していますが、我が家には農業ができる人間がひとりもいないため、いずれは売るか、太陽光発電の業者に貸すか、駐車場などの土地活用を検討していました。


ところが、数年前から近隣一帯が「農業振興地域」に色付けされたそうで、土地を売買することも太陽光発電設備の設置も駐車場利用もできず困っています。固定資産税は農地と自宅のみですが、数十年も固定額で年に15万円ほどかかります。今までは農地を貸している方から年25万円程度の小作料を貰えたのですが、お年も高齢になり、「今は農地に価値がない」というようなことを言われ、2町歩もある農地を今後どうすればよいのか困っています。雑草を出すと農地の価値もなくなるそうです……。


また、問題は固定資産税です。今までは同居する母親が農地の固定資産税を払っていましたが、年金収入しかないため、今後は私が払うことになると思います。ボーナスもなく、田舎なので軽乗用車の維持費もかかります。土地を管理しながら固定資産税を払い続けられるのかどうか不安です。アドバイスいただけると幸いです。
(40代後半 独身 女性)


野瀬:「相続」と聞くと、ある日突然、なにかよいものが転がり込んでくるというようなイメージを持つ人が少なくないですが、実際はそうとは限りません。

最近は空き家を相続して困ってしまう人が話題になっていますが、農地を相続してしまった方の悩みも同じぐらい……いや、場合によってはもっと深いものです。

悩みが尽きない農地の相続

なぜなら農地には農地法というものがあり、その売買から利用まで事細かな厳しい規制が設けられているからです。

その規制のため、基本的には農地としての利用以外はできない仕組みとなっています。市街化調整区域か、そうではないかで悩みの深さは違いますが、それでも固定資産税がある以上、悩みが尽きないのは同じです。

こういった悩みを受け、数年前に太陽光発電に転用するのであれば比較的小さく規制が緩和されたのですが、質問者の方のように「農業振興地域」に指定されてしまった場合は、この制度も使えません。

基本的には「農地として利用する」か、「農地として利用する人に売る」か、「農地として利用する人に貸す」しか選択肢はないことになります。

これらの農地法、私たちを苦しめているだけのように思われるのですが、一体なんのためにあるのでしょうか?

日本の農業の競争力を高めるために

それは我が国の農業を守るためです。

「農業を守る」というと、利権団体や旧態依然としたものを想像しますが、そうではありません。

もし、農地の売買や転用が自由になったとしたらどうなるでしょうか? 農業人口が減り続ける昨今、皆が個々の事情から自由に売買・転用し、最初は広大な面積だった田んぼや畑もどんどん歪な形になり、小さくなり、そして使いにくいものになっていくでしょう。

そうなると田んぼも畑も耕しにくくなり、効率的に農業ができない。ひいては日本の農業の弱体化につながることになるのです。

私はこの農地法、国益のためには致し方ないと思っています。「日本の農業は競争力がない」といわれて、はや数十年。今よりも競争力が落ちないようにするためには、この農地法とあわせて質問者の方を苦しめている「農業振興地域」を作り、農家の集約を進め、規模を高める必要があるからです。

身もふたもない話ですが、現状の法律のままでは、この農地を売ることはおろか転用することも難しいでしょう。そして先述のように、強い農業を目指すという国家の政策も変わらないでしょう。

この“チャンス”を活かせ

となると、どうすればよいのかという話ですが、私は長い目で見れば逆にこれはチャンスになりうると思います。ご存知ないかもしれませんが、今、日本の農業に参入したいという若者や外国企業は少なくないのです。

今はまだ規制が完全に撤廃されていないので活性化はしていませんが、今後、この潜在的な需要が一気に出てくる可能性は十分にあるのです。「振興地域」になったということは、行政側もそれをバックアップするかもしれません。

現在の借り手の方からは、小作料の値下げを要求されて苦しいかもしれませんが、法律により処分が不可能な以上、とりあえずは交渉しながら固定資産税をカバーできる範囲の収入を確保しておきましょう。

そして、周辺地域に農業法人などが進出してきた際に、売るなり貸すなりすればよいと思います。そうすれば今よりずっとよい条件で売買・賃貸ができます。

あまり収入が上がらない土地で不安かもしれませんが、マイナスにならない程度で維持しておき、将来法律が変わったり、農業法人などが買いたいと言い出した時に一気に売り抜けるほうがよいと思います。

もし「それまで待てない」「直近のお金がほしい」というのであれば、お近くの自治体に相談することをおすすめします。自治体によっては質問者の方のように困っている人のために、売買や賃貸を仲介する公社を設立しているところも少なくありません。これらを利用して、買い手・借り手を探すのもよいでしょう。

農地を相続し、がっかりされている方は多いですが、法律や農業需要が一気に顕在化し、陽の目を見る可能性がないわけではありません。

与えられた条件は所与のものとして、マイナスにはならないための策を講じ、じっとチャンスを待つのがよいでしょう。そう考えると、農地であってもほかの不動産や株と考え方は同じなのかもしれませんね。どちらも同じ「資産」なのですから。

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