はじめに
優秀な人材を確保するため、新卒社員を対象に奨学金の返済を負担する企業が増えています。
支給に一定の制限を設ける企業が多いなか、“全正社員対象”“上限のない総支給額”で奨学金の返済を支援する企業があります。新卒社員の囲い込みだけではない、奨学金支給支援制度を導入した企業の思いについて聞きました。
2.6人にひとりが奨学金を利用
“奨学金破産”というワードが注目され、返済の滞りが社会問題になる奨学金。
日本学生支援機構によると、平成27年度は大学生の2.6人にひとりが奨学金を受給。3ヶ月以上延滞している人は16.5万人程、そのうちの76.1%が延滞が始まった理由に「収入が減ったこと」と回答しています。
そんななか、社員の給与や賞与に奨学金の返済額を上乗せして支給する、奨学金支援制度を導入する企業が増えています。
導入企業の多くが、支援対象者を“新卒社員のみ”にしたり、総支給額や支援年数に上限を設けたりするなかで、全正社員を対象に総支給額に上限を設けない、太っ腹な奨学金支援制度を導入している企業があります。
社会問題の解決に貢献したい
埼玉県にある武蔵コーポレーションは、昨年9月から奨学金支給支援制度を導入しました。返済義務のある全正社員を対象に、月々の奨学金の返済相当分を給与に上乗せするかたちで毎月3万円まで支給します。支給年数に上限は設けていません。
制度を導入した経緯について、広報担当の黒田さんに聞きました。
「採用について社内会議をしているときに、ある部長から『最近、奨学金を借りている学生が多い』という話題が出て、会社が奨学金の返済を支援したら採用活動にプラスになるのではと検討を始めました。その後、代表取締役の大谷が導入を決断し、平成28年9月から運用を開始しました」
わずか1ヶ月という短い準備期間で導入された奨学金支給支援制度。優秀な新卒を確保したいという意図のほかに、職場環境の向上、モチベーションアップ、長期雇用の促進が主なねらいだと黒田さんは話します。
導入から1年、現在、全社員のおよそ3割がこの制度を利用しているそうです。対象者を全正社員とした理由について、黒田さんは次のように話します。
「導入を検討し始めたときに、奨学金を借りている社員がどれくらいいるのか簡単に調査したところ、多くの若手社員が借りていることが判明しました。奨学金の返済が社会問題になっていたとはいえ、実際に社内という身近な場所に該当者がたくさんいたことは、代表をはじめ上層部たちにとって衝撃の結果だったようです。
はじめは採用活動を有利に進めたいという思いから導入を検討していましたが、奨学金支援制度は社会問題の解決にも貢献できるという考えのもと、全正社員への適用にいたしました」
“総支給額に上限を設けない”としたのも、そうした思いを込めているからだそうです。
「月々の返済分を給与に上乗せする方法で総支給額に上限を設けなければ、より長期の雇用を促進できると考えています。また、その方が返済が滞ることもなくなりますし、社会問題の解決に貢献するという観点からも適切だと判断しました」
自身も、この奨学金支給支援制度を利用しているという黒田さんは次のように話します。
「私もこの制度を利用しておりますが、非常に助かっています。学生時代は『借りた奨学金を毎月毎月、この先何年も返していくのか……』と、自分が借りておきながら途方に暮れてました。今はそうした不安に駆られることはありません」
政府は所得に応じた「出世払い」方式を検討
一方、政府も教育無償化の一環として、新制度の導入に向けて検討を始めました。
新制度では、国が授業料を負担し、卒業後に給与から天引きで徴収するオーストラリアの高等教育拠出金制度『HECS(ヘックス)』を参考に、卒業後の所得に応じて授業料の返済を求める「出世払い」方式を検討しているといいます。
大学の学費は高止まりが続き、奨学金を借りる学生が増える一方、平均給与は減少し、卒業後に安定した収入が得られるとは限らない状況のなかで、今後、国や企業のこうした取り組みが加速していくことに期待が高まります。
(文:編集部 土屋舞)