はじめに
2050年ネットゼロの経済活動に対するメリット
それでは、今回の「グラスゴー気候合意」で強調された1.5度目標、及び1.5度目標と整合する2050年ネットゼロを目指すことは、経済活動にどのようなメリットがあるのでしょうか。
世界各国の中央銀行や金融監督当局で構成される国際組織「気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク(NGFS)」が今年の6月に示したシナリオ分析では、追加の気候変動対策が講じられなかった場合、2050年時点で世界のGDPは5%近く押し下げられることが示唆されています。同時に、NGFSは、2050年ネットゼロに向けた移行が秩序立って行われた場合、対策無しのシナリオと比べ世界経済の落ち込みを大幅に軽減することが可能であることを分析内で示唆しています。
一方、英国の中央銀行であるイングランド銀行(BOE)も、同じく6月に気候変動リスクによるシナリオ分析の内容を公表し、その中で気候変動の2つのリスクである、物理的リスク(自然災害や気候の変化などによる直接的なリスク)及び移行リスク(脱炭素化の過程で規制などが変化するリスク)による世界経済への影響の見通しも示しました。
BOEの分析では、気候変動対策を取らなかったシナリオでは、世界のGDPはおよそ13%程度押し下げられるとされています。一方、2050年ネットゼロに向けた移行が早期に進展するシナリオでは、世界のGDPの押し下げはおよそ1.6%程度に抑えられるとの見通しが示されています。
BOEは、対策無しシナリオでは気候変動による気温や湿度の変化によって途上国を中心に労働力や農業の生産性が低下するほか、異常気象の激甚化・頻発化によって資本ストックが損害を受け、生産性が落ち込むことなどを見通しの主な根拠として挙げています。他方、早期移行シナリオについては、炭素価格の上昇などによる化石燃料のコスト変化が、一部の業種の企業収益を圧迫するものの、再生可能エネルギーへの投資が増えるため、エネルギー効率は上昇すると、BOEは説明しています。
NGFS、BOEのいずれも気候変動リスクの経済への影響の見通しには高い不確実性が伴うとしています。しかし両者とも、「グラスゴー気候合意」で強調された1.5度目標と整合する2050年ネットゼロへの移行を早期に進めることで、気候変動リスクによる経済的な損失を大幅に軽減できるとする見通しを示しており、経済の観点から1.5度目標を目指す意義を示唆しています。
日本経済に影響を及ぼし得る2つのコミットメント
COP26の会期中に、各国共同の様々なコミットメントが発表されました。中でも日本にとって特に重要とみられるのは、石炭火力発電の廃止に関する声明と、ゼロエミッション車(温室効果ガスを排出しない車)に関する宣言の2つかと思います。
今回のCOP26の議長国である英国は、COP26のゴールとして、「石炭の段階的廃止の加速」や「電気自動車への転換」といった気候変動対策の強化を掲げていました。こうした背景があり、英国が主導する形で、これらのコミットメントが会期中に発表されました。
石炭火力発電の廃止に関する声明では、主要国では2030年代まで(もしくはその後出来るだけ早期)に、世界全体では2040年代まで(もしくはその後出来るだけ早期)に、削減対策の無い石炭火力発電を廃止することなどを各国がコミットし、石炭火力発電の利用量で世界の上位20カ国のうちの5カ国を含む23カ国が新たに声明に賛同しました。
また、ゼロエミ車に関する宣言では、各国政府が2040年またはそれ以前まで、特に主要市場では2035年までに新車販売の100%をゼロエミ車にすることを目指すコミットメントが示されました。
日本はいずれも賛同・署名を見送ったものの、電源として石炭火力発電に大きく依存していることに加え、日本経済の屋台骨である自動車産業の競争力にも関わることなどを鑑みれば、COP26でみられた石炭火力発電とゼロエミ車に関する議論の進展は決して軽視すべきではないでしょう。