はじめに
プレスマンと創業者たちは資金調達を計画した。投資家と打ち合わせをして、ホテルに試作品を見せに行った。「(2001年)9月10日に、私たちはヒルトン・ホテルに行きました。無料体験版で売り込みをしたんです。その日はそれで終わりましたが、翌日が9・11です」とプレスマンは言う。「資金を調達できるかどうか、その時点ではわざわざ深追いすることはしませんでした」。
9・11は生まれかけの事業にとって最初の打撃となり、資金調達にも顧客にも影響を与えた。メダリアは2002年になってようやく有料顧客を得て、2003年には利益が出るようになった。収益が十分に増えたため、プレスマンは資金調達はやめることにした。
その決定について、彼女はのちに「惜しいのは名前を覚えてもらえないことでした。一流のVCの支援があれば、それが直接の信用となります。細かいところまで審査されるわけですから。私たちはその審査を受けていなかったんです」。
2008年の不況もビジネスに影響したが、同社はなんとか切り抜けて利益をあげ続けた。2011年にはメダリアの収益は3000万ドルに達し、ケイト・スペード、トリバーチ、ウエスタンユニオン、ベストウエスタン、ノードストローム、ヴァンガードといった顧客もついていた。
そのころセコイア・キャピタルからのアプローチがあった。ソーシャルメディアとオンライン・レビューが、売上を左右する重要な要因になっていた。このタイミングもメダリアのソフトウェアの成長を加速させ、需要を高める助けとなった。
セコイア・キャピタルが同社への出資を続け、2015年、創業から14年にして、メダリアは評価額12億5000万ドルに達して、ユニコーンの地位を獲得した。4年後にはIPOを行ない、評価額は26億ドルを超えた。
メダリアは他の10億ドル達成企業に比べ、ユニコーンになるまで時間がかかったが、創業者が状況をよく把握し、着実なビジネスで利益をあげ、社を成長させた。タイミングも重要で、設立直後と2008年には減速したが、ソーシャルメディアとオンライン・レビューにより顧客満足度が売上に大きく影響し、メダリアがカスタマー・エクスペリエンス管理に必須のツールになったことで急激に成長した。