はじめに
2年前に起きた複本問題とは?
実は、2年前にも新潮社の社長が図書館に物申すという出来事がありました。このときに取り上げられたのが複本問題です。
芥川賞を受賞した又吉直樹さんの『火花』が、当時、ある図書館で20冊以上購入されて貸出をされているという状況が起きていました。このようにひとつの図書館が同じ本を何冊も購入することを複本といいます。
この複本が図書館で行われると、人気の作家の本を書店で買うという消費者の行動がさまたげられるので、そのようなことは図書館には止めてほしいというのが当時の主張でした。
この件での双方の言い分は平行線でした。DVDのレンタル店を見るとわかるのですが、人気のあるハリウッド映画のDVDは、レンタル開始と同時に数十枚のパッケージがずらりとならんでいて、それでもすべて貸出中という状況になります。
それと同じで、人気の新刊の需要は図書館でも同じくらいあるのだから、市民のニーズにこたえるためには複本の形で仕入れなければ、市民のための図書館とは言えないというのが複本を行う側の考え方になります。
図書館に対する問題提起は毎回炎上する
ところが一方で、ビジネスとしての貸本ならばまだしも、無料で貸出をする図書館がそのような形で人気の新刊をずらりとそろえてしまうと、書籍の売れ行きに大きな影響を与えます。
レンタルビデオの業界だって、一定期間は新作映画の貸出ができないという業界ルールが作られていて、それでセルビデオの売上が守られているのだから、図書館の世界にも何らかの規制ルールを作ってくれないと、出版業界ももたないし、ひいては書籍という文化がすたれてしまうというのが出版社側の言い分です。
しかしこの話が一般市民の耳に入った途端、炎上することになりました。出版社の言い分はおかしい、むしろ図書館が消費者の利益を代弁しているのだと叩かれ、「新しい業界ルールを作ろう」という提案は、形にならずに消えていきました。
そんな事情があった中で、また今度は「文庫本を貸し出さないようにしてほしい」という話が持ち上がったというのが今回の問題です。
実は文庫本は出版業界から見れば薄利多売商品です。通常の書籍以上に図書館の影響は大きいので「少なくとも文庫本ぐらいは書店で買って欲しい」というのが今回の主張ですが、またそれが今回も炎上しそうな様相を呈し始めています。
炎上の先に業界の未来が見えてくる
おそらくここにこの問題の真の意図があるように思われます。何回炎上しても、出版社の社長は繰り返し図書館問題を取り上げる。実は炎上することで、逆に出版業界全体が苦境にあるという問題に国民の意識を向けたいということなのだと私は思います。
書籍不況の背景には、国民全体が貧しくなってきていて本を買う余裕がなくなってきたことと、スマホという本の代わりとなる楽しみが広まった結果、本を読まなくても暇がつぶせるようになったというライフスタイルの変化の方が、その原因としてははるかに大きいのです。
それがわかっていて、あえてそこで図書館を批判して炎上する。炎上することによって問題意識がニュースで広まる。そこが出版業界にとっては重要なのです。
実は図書館は出版業界にとって最大のお客様です。特に専門書や文庫化されないような文芸書を買うのは個人よりも図書館の方が多いなどという場合もあります。
そして本を読まない人が増えると困るのは図書館も同じ。ということで表面的には対立しているように見える両社の構図ですが、実は裏ではがっちりと手を握っている、まるでプロレスのような騒動だというのが、今回のニュースの真相なのかもしれません。