はじめに
骨折で1か月入院しただけなのに、こんなにひどく進行するとは!
ケアハウスに3年入居されている春山美紀(82歳)さんは、旦那さんを早くに亡くし一人で生活されていましたが、日々の支度が煩わしく食事が偏ってきたこと、家の管理もなかなか行き届かないことがあって、娘夫婦に勧められて入居されてきました。入居当初は認知症の症状もなく、施設内で行うラジオ体操や、カラオケ、喫茶等にも積極的に参加されていました。
そんな春山さんに異変が出てきたのがここ1年のこと。好きだったカラオケや喫茶にもなかなか参加しなくなり、お昼の3時頃に食堂に行き、「夕ご飯はまだ?」と聞いてくるなど、時間感覚がわからない症状が出てきました。寮母がご家族と連絡をとり、病院で受診した結果、アルツハイマー型認知症と診断されました。
アルツハイマー型認知症では、脳機能全体がゆっくりと低下します。そのため、症状の進行は緩やかであるのが特徴です。 経過には個人差があるものの、一般的には、年単位で徐々に記憶力・理解力・判断力が低下していきます。 近年の研究では、認知症の症状が現れる10年以上前から、徐々に脳の変容が始まっていることがわかっています。
また転倒にも気をつけなければなりません。認知症の方は、すり足になるため小さい段差に躓いたり、何もない場所で転んだりする危険性があります。
そのため我々の施設でも細心の注意を払っていますが、特にアルツハイマー型認知症の場合、運動障害が生じ、スムーズな歩行が難しくなることがあります。転んで手をつくと手首の骨折、打ちどころが悪いと大腿部骨折等になり、すぐに入院、手術となってしまい、長期入院を余儀なくされることもあるのです。
ある日、事務所のナースコールが鳴り響きました。春山さんの部屋からで、寮母が駆けつけると、部屋で躓いて転んだとのこと。「施設長緊急事態です、すぐ来てください!」と連絡を受けて私も到着すると、春山さんが脚の付根を摩りながらかなり痛がってます。
「もしかしたら、折れてるかも!」と口走る寮母。すぐに救急車を呼び、病院に救急搬送されました。診断は、最悪の大腿骨近位部骨折で、即入院・手術となりました。約1か月後に退院してきた春山さんでしたが、歩くことができず車いす生活に。
それ以上に深刻だったのは、認知症の状態が驚くほど進行していたことでした。寮母の名前も顔も、自分が住んでいたケアハウスの部屋のことも、全くわかりません。当然もうケアハウスで生活することはできませんので、隣接の特別養護老人ホームに入居することになりました。
入院中の様子を詳しく聞いたところ、環境が変わって混乱した様子が伝わってきました。寝たきり状態で天井しか見られなかったせいか、少し具合がよくなると徘徊願望がひどくなり、点滴をするとすぐに抜いてしまうそうです。病院も、行動を落ち着かせるため仕方なしに向精神薬を処方し、治療のために身体拘束も行っていたそうです。
治療を優先するか尊厳を守るかは非常に判断が難しい問題ですが、春山さんのように急性期の治療のためには致し方ない判断だったと思います。しかし介護現場での身体拘束はよほどのことがない限り、絶対にできません。
その後、春山さんはしばらく車いす生活でしたが、3か月後には寝たきり状態に。そして転倒から1年半後には帰らぬ人になってしまいました。
一般的には、アルツハイマー型認知症になると、軽度の状態から10年ちょっとで寝たきりになると言われていますが、転倒・骨折・入院するだけで、その「10年ちょっと」は驚くほど短くなってしまいます。我々の施設では、認知症の進行と怪我や病気の具合を天秤にかけながら、少々の骨折等であれば入院せずに帰って来ていただいています。
対処法
今回のケースは、認知症の方の入院です。新聞記事にも書いていたように、一般病院でも病気・怪我で入院時に認知症の3割が身体拘束をせざるを得ないという現実があります。ただでさえ認知症の人が入院して周りの環境が変化すると、大声や暴力などの認知症の症状が悪化する場合があります。
また、身体拘束によって患者に与えるダメージの大きさも問題視されています。東京大学高齢社会総合研究機構教授の飯島勝矢先生は、高齢期における2週間ほどの寝たきり生活によって、7年分の筋肉が失われると述べられています。筋力の低下によって運動が難しくなり、環境の変化で認知症が進行していく要因となりますから、病気や怪我による入院であっても、症状が悪化する可能性を考えなければいけません。
認知症の悪化を防ぐために、入院しても軽い運動を取り入れたり、話し相手を見つけたり、規則正しい生活リズムや十分な睡眠をとることが大切です。