はじめに
2017年3月、熊本市内で走行中の車に倒れた木が直撃し、運転手が死亡する非常に痛ましい事故が起こりました。そして、運転手の遺族は、熊本市と倒れた木が生えていた山林の所有者に対する損害賠償をめぐる訴訟を提起し、2022年12月、約5000万円の賠償を命じる判決が確定しました。
この倒木事故は、判決にかかる関連資料を見る限り、特に工事作業中の倒木といったものではなく、老木の倒木か、強風等をきっかけにした倒木など、何らかの自然発生的な原因による倒木だったようです。
不慮の事故にも見えますが、裁判所は5000万円もの賠償命令を下したのです。言い換えれば、不動産の所有者は、法人であろうと一般個人であろうと、誰もが”ある日突然、思いがけない事故で、自分が負いきれないような責任を負うリスクがある”のです。
そこで、この記事では、
・土地の所有者責任はどのようなものがあるのか
・所有者責任リスクを、どう対処したらよいか
についてみていきたいと思います。
土地の所有者責任はどのようなものがあるのか
まず、上記で紹介した事例のほか、土地の所有者責任が問われた事故はどのようなものがあるのでしょうか。いくつか事例をご紹介します。
①大阪北部地震 塀倒壊訴訟
2018年6月に、大阪府北部で最大震度6弱の地震が発生し、それをきっかけに大阪府高槻市内の公立小学校のブロック塀が倒れ、登校中だった小学生が下敷きになって死亡した事故がありました。
この際、塀の倒壊を防ぐために必要な点検等を怠っていたとして、関係者4名が業務上過失致死の疑いで書類送検されたほか、高槻市は遺族に対し解決金を支払いました(金額は非公表)。
②市原ゴルフガーデン鉄柱倒壊事故
2019年9月に台風15号が発生し、千葉県内では観測史上1位の瞬間最大風速を記録した強風によって、千葉県市原市のゴルフ練習場のネットを支える鉄柱が倒壊しました。この事故により、近隣住民2名が負傷、住宅16軒の屋根が押し潰される等の大事故となりました。
その後、損壊住戸の補償について、ゴルフ場オーナーと近隣住民との間で、一時的に軋轢が生じたものの、オーナーが対象地を売却するなどして賠償資金等を確保しながら、2020年度末に和解が成立する形で決着しています。
③逗子マンション斜面崩落事故
2020年2月、分譲マンション敷地内の斜面が突然崩れ、通行人が60トン以上の土砂に巻き込まれ死亡しました。その後遺族は、マンションの区分所有者やマンション管理会社を、業務上過失致死の疑いで刑事告訴したほか、民事上の賠償請求訴訟が長く続いた結果、2023年には、区分所有者が遺族に対し、1億円を支払う形で和解しました。
これらの事例を一見すると、いずれの事故も、人為的なミスといったものではなく、地震や強風といった自然災害や、”ある日突然”起こった、(少なくとも悪意があったわけではない)不慮の事故であるように思われます。
その点では、「やむを得ない事故だったのだから、所有者に責任があるというのは言い過ぎでは?」という解釈ができなくもありません。しかし、実際には所有者責任が問われている事故もあるのです。
所有者責任の有無の争点としては、厳密には「所有者であること」自体を問われているのではなく、「所有者として、適切な管理をしていたか」が争点になっています。上記の例はいずれも、日々の点検が不十分であったことや、不備を認識していたにもかかわらず、それを対処せずに放置していたことから、所有者としての管理責任を怠っていたことが指摘されています。
いうまでもなく、土地所有者の中で、事故を起こしたくて管理を放置するような人はいないでしょう。しかし、日常生活の視点で考えると、維持管理や整備に多額の費用を投じ、常に100点満点な状態にある土地は非常に少ないともいえます。劣化や風化とともに、思いがけないところに大なり小なり不具合が生まれ続けます。所有者としては、すぐに直したい気持ちはありつつも、その費用や時間を捻出できずに、タイミングを見て対処せねばという意識だけで、実際には対処できていない不具合は必ず1つはあるといっても過言ではないと思います。
そして、目の届く自宅の庭であればまだしも、例えば仕方なく相続してから放置状態の山林など、遠方の土地となれば、ますます管理責任は希薄になってしまいます。冒頭で紹介したような山林の例は、まさにそういった遠因も潜んでいると考えられます。
自ら購入した自宅に限らず、相続した土地や今後相続するかもしれない土地まで広げて考えると、土地の所有者責任は驚くほど多くの人が抱えている潜在的リスクであることが分かります。