はじめに

東証の方針が株式分割増加のきっかけ

株式分割を行うことで、単純にその企業の発行済み株式数は1対2なら2倍、1対10なら10倍に増えますが、それで業績や株式の価値が増減するわけではありません。また、1単元当たりの配当金も、株式分割の割合と反比例する形で減るため、その株式の配当利回りは変わりません(ただし、分割後も1株当たりの配当金を分割前の水準を維持するなど、「実質的な増配」に踏み切る企業はあります)。

また、業績や株式価値の増減がないということは、株式分割は理論上、株価にとってもニュートラルです。ただ、1単元当たりの必要金額が下がり、その株式を買う投資家が増えることが株価上昇につながる効果は期待できます(株価への影響は後述)。

長年に渡って株式投資をしてきた方なら、「大幅株式分割」と聞くと、2004年~2005年の「株式分割バブル」が想起されるかもしれません。2003年、商法改正によって株式分割が自由化されると、堀江貴文氏率いるライブドアは、1対100という超大幅分割を含め、立て続けに株式分割を発表。これによって、2004年1月には株価が15日連続でストップ高するなど、株価が乱高下します。さらに、ライブドアは高騰した株式を活用して企業を買収する資本政策を行いました。これと前後する形で、新興市場では大幅な株式分割が横行。大幅分割を行った企業の株価が次々と暴騰します。これが、2005年に発生した「株式分割バブル」です。

同バブルは2006年1月16日、六本木ヒルズにある堀江貴文氏の自宅及び本社に東京地検特捜部が家宅捜索を行ったことを契機に、終焉を向かえます。この件は「ライブドアショック」と呼ばれ、証券史上に刻まれる大きな事件となりました。

ここ数年で株式分割に踏み切るケースが増えているのは、実は東証の方針が深く関係しています。東証は、上場企業に対して以前から「投資単位の引き下げ」、具体的には1単元が50万円未満になるよう、各企業に求めてきました。さらに東証は、2022年4月に行った市場区分の再編に向け、その要求を強めます。これが、昨今の株式分割の増加につながっているわけです。

2022年、ゲーム大手の任天堂が1対10の株式分割を行いました。そもそも、分割前の任天堂の株価は6万円を超えており、1単元100株を買うのに、600万円以上が必要でした。富裕層以外の投資家はなかなか手が出ない金額です。これが、1対10の株式分割によって、60万円前後で買えるようになったわけです(それでも高額ですが)。この大幅株式分割も、東証の要求が背景にあったと思われます。

分割による投資単位引き下げの効果もあってか、任天堂の株価は2024年2月に9000円台を突破しました(分割前水準で9万円)。分割前の株価と比較して42%の上昇です。もっとも、これは全体相場の急上昇が大きく影響していると考えられるため、単純に「株式分割の効果で上がった」とは断言できません。

結局、株式分割は中長期的な株価にとって中立か

では、株式分割は本当に株価にとってニュートラルなのでしょうか。企業価値は分割前後で変わらないのは間違いないため、理論上は株価にとって中立であることは間違いないでしょう。ただ、ある調査会社が2023年7月に発表した、2012年から2021年度の10年間で行われた約1800社分の株式分割のデータを分析したレポートによると、「分割発表から10営業日程度の短期では、5%程度の株価上昇の傾向が認められる。しかし、発表から30営業日が過ぎると、株価は元の水準に戻る傾向がある」とのこと。ただ、株主数や出来高の増加は見られたようです。つまり、分割発表直後は、そのインパクトが株価を短期的に押し上げるものの、中長期的には、やはり業績を中心とした、その他の株価形成要因に収束するということでしょう。

2023年3月1日に1対3の株式分割が実施されたファーストリテイリング(ユニクロ)の株価は分割後、約1年で約68%の上昇となりました。また、2023年4月1日に1対5の株式分割を行ったオリエンタルランド(東京ディズニーランド・シーを運営)は、分割直後は上昇傾向を示したものの、2024年5月には分割直後の水準を割り込み、現在は分割直後とほぼ同じ水準で推移しています。

さらに、前述のNTTは大幅分割後、半年間は株価の上昇傾向が見られましたが、2024年は2月頃から株価が下落に転換。4月以降はズルズルと下げ足を強め、SNSなどでは「新NISAでNTTを買ったけど株価下落が止まらない…もうNISA止めようかな」などと、NTT株を買った投資家が肩を落とす姿が少なからず見受けられます。

現在、FA(ファクトリーオートメーション)制御機器大手のSMC(証券コード:6273)、FAセンサー大手のキーエンス(6861)、半導体切断・研磨装置大手のディスコ(6146)など、まだまだ1単元当たりの売買金額が高い銘柄は少なくありません(SMCから順に約763万円、約705万円、約610万円)。こうした企業が今後、1単元当たりの投資金額引き下げを目的として、大幅な株式分割に踏み切る可能性はあります。

ただ結局、株式分割は、そのインパクトによって発表直後は株価にプラスの効果をもたらすものの、企業業績や理論上の株式価値に変化はないため、中長期的にはその株式個別の理由による株価の動きに立ち返る傾向があります。投資家の皆さんは、株式分割そのものを株価材料にするのではなく、業績など、その銘柄の個別要因で売買を判断すべきでしょう。

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