はじめに

コイン式の断念から逆転の発想

しかし、こうした業態の経営に関しては素人同然のところからのスタートです。与信が足りず、コインランドリーの機械を購入する資金も調達することができませんでした。

何しろ、コイン式だと工事費込みで導入コストは約1,000万円。ランドリーを諦めようかと考えていたところ、コイン式にしなければ洗濯機は1台当たり30万円台、総額でも300万円程度に収まることがわかりました。

開業資金に余裕ができたこともあり、その分のお金でミシンとアイロンも購入しました。コイン式だとお客さんに勝手に洗濯してもらって終わりですが、カウンターで支払う形式にしたことで、お客さんと店員の間にコミュニケーションが生まれる結果になりました。

洗濯機だけでなく、ミシンやアイロンがあれば、お客さんの幅広いニーズに対応できますし、お客さん同士のコミュニケーションが生まれる余地も広がります。また、お客さんと店員が交流することで、お店のサービスに対するフィードバックも得られます。

ケガの功名の連続で経営は軌道に

実際、近所に住むお客さんの発案で、パン作りのワークショップや家族を集めたパーティーなどが開催されました。その姿はまさに、田中社長が当初から描いていた「周辺地域にプラスになる空間」です。

ケガの功名はこれだけではありません。半地下の「モグラ席」は、築55年のビルを改装するために床をはいでみたら穴がたくさん出てきたので、それを埋めずに活用したもの。「通行人から見て、面白い風景になる」という建築士のアドバイスを参考にしました。


建築士のアドバイスから生まれた、半地下の「モグラ席」

コーヒーをエアロプレスで淹れているのも、高額なコーヒーマシンを購入する余裕がなかったから。しかし、1杯ずつ手作業で丁寧に淹れていることが、逆にお客さんに喜ばれる結果になったといいます。

経営の面でも、初期費用がコイン式より安く抑えられたので、資金回収までの期間が短くなりました。まさにケガの功名の連続によって、喫茶ランドリーの運営は軌道に乗り始めた格好です。

“都市の1階”を再生する壮大な計画

常連のお客さんで多いのは、子連れのお母さんだといいます。地方出身で近くに親族がいないマンション暮らしのお母さんは、とかく孤独になりがち。特に、マンションの密室で洗濯機を何度も回すのは孤独な作業です。

「喫茶ランドリーに来てもらうことで、洗濯をネガティブなものでなく、遊び感覚で楽しめる場所にしたい」と、田中社長は話します。この物語には、まだ続きがあります。

喫茶ランドリーの店づくりで印象的なものの1つが、大きく開いた開口部です。お客さんだけでなく、店の前を通った時に目であいさつしてくれる人も含めて、地域のコミュニティを作っていきたいと、田中社長は考えています。

各地で再開発が進み、日本の都市は1階部分がエントランスやロビーだらけになり、昔のように地域の人の顔が見える場所がなくなりました。こうした状況が続けば日本各地で“死んだ街”が増えてしまうと、田中社長は危惧しています。

都市の1階部分を“生きた場所”に再生していく。そのショールーム的な位置づけが喫茶ランドリーというわけです。

「ほとんどの地域再生は、変にオシャレなものが多いのが現状です。どこかで見たことがある、ここなら自分でも使いこなせる、と思ってもらうことが大事なんです」

回顧主義にはならず、それでいてカフェでもない、喫茶店を現代風にとらえ直した時にどんなものになるか、をテーマにしたという喫茶ランドリー。東京の下町で始まった実験は、はたして今後、どんな展開に広がっていくのでしょうか。

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