はじめに

読者のみなさんからいただいた家計や保険、ローンなど、お金の悩みにプロのファイナンシャルプランナーが答えるFPの家計相談シリーズ。今回はプロのFPとして活躍する伊藤英佑氏がお答えします。

現在、夫と息子と暮らしています。実家の母から、母の持つ分譲マンション7部屋のうち、2部屋に兄家族と私たち家族でそれぞれ入居を勧められています。現在の家賃負担(毎月11万円)が減るのであれば、入居したいと考えていますが、マンションの家賃相場が30万程のため、今より安い賃料となると、管理費に少しプラスした金額程度になるかと思います。

相続税の負担をできるだけ抑えたいとも考えていますが、相続対策として、今のまま私たちの住まいに住み続けるのが良いのか、月々7〜8万円の賃料で入居しても支障はないのか、お教えいただきたいです。

ちなみに以前、税理士へ相談をしたのですが、ある税理士には毎月家賃負担0円で住んだとしても相続税額には影響がないと言われ、別の税理士には家賃相場の8割程度を負担しなければ、相続の際に税務署から目をつけられ、相続時の税額が一気に増えると言われました。

現在の家賃は11万円ですが、入居予定の住戸の分譲価格は8,500万円、家賃相場は25〜30万円です。もし現在の賃料以上の負担が発生する場合は、入居せずこのまま賃貸に住み続けたいと考えています。どうぞよろしくお願い致します。

〈相談者プロフィール〉
・女性、39歳、既婚、夫(42歳)、子供1人(3歳)
・職業:会社員
・居住形態:賃貸
・住んでいる地域:東京都
・手取りの月収:43万円、実母からの生前贈与 6.5万円
・毎月の支出目安:30万円


伊藤: ご質問ありがとうございます。

相場より安く借りる場合、贈与税はかかる?

まず、お母様から家賃相場30万円の区分所有マンションを月々7〜8万円で借りる場合の、税務上の問題について考えてみましょう。

家族や親族間では特に、第3者との取引よりも低額でモノ(この場合は不動産)の貸し借りをすることが多いでしょう。無償で不動産を借りて居住の用に供することを「使用貸借」、親と賃貸借契約により賃料を設定して居住の用に供することを「賃貸借」と言います。

「使用貸借」という言葉は専門用語で聞き慣れないと思います。無償(タダ)でマンションを借りる場合や、無償でなくても固定資産税の年間支払額程度を親に支払う場合は使用貸借となります。

ご質問者の場合、本来は月額30万円を支払わなくてはいけない家賃を、免除または減額されていることになります。そのため、ご質問者はお母様から30万円から7〜8万円を差し引いた額について経済的利益を受けていることになります。

税法上のルールでは、経済的利益が「みなし贈与」として、贈与税が課税されるかどうかが問題になります。

親子間の使用貸借について、「利益を受ける金額が少額である場合」又は「課税上弊害がないと認められる場合」には、強いて贈与税を課さないと規定されています(相続税基本通達9-10)。

ここでいう親子は、民法上で扶養義務のある親子間でのことであり、経済的行為としてというよりは特別な人間関係に基づくものですので、課税上の弊害もあまりないと考えられているようです。特に使用貸借では贈与は問題がないとして、実務上はあまり意識されないことが多いです(注1)。

ただし、「月額30万円」というのは世間一般の人が暮らす家賃水準から見て、「金額が少額」と言い切れるほど低い水準ではないと考えられます。また、本来の家賃との差額が、贈与税の年間非課税額の110万円を超えますから、課税リスクがないとはいえないでしょう。

ほかに生前贈与等がない前提ですが、仮に贈与税がかかるとすると、家賃を7万円とした場合は以下のようになります。

課税対象:(月30万円-7万円)×12ヵ月=276万円(年間)
贈与税額:(276万円-110万円)×10%=16万6,000円(年間)

相続税対策には、どう扱うのがいい?

お母様からご質問者へ相続が発生する場合、不動産の相続税の評価額は使用貸借と賃貸借では大きく異なります。

賃貸借の不動産の土地建物は、相続税の評価において貸家及び貸家建付地として、賃貸借がない不動産(自用地と言います)よりも評価が減額されるルールがあります。使用貸借の不動産は自用地評価額となります。

詳細が分かりませんので詳しくは省略しますが、分譲価格8,500万円でしたら、貸家建付地とできるかどうかで、相続税評価で1千万円単位、相続税額で数百万円の影響度が想定されます。

また、賃貸不動産には「貸付事業用宅地等宅地に係る小規模宅地等の特例」というのがあり、200㎡までなら相続税評価を50%減額できます(使用貸借では適用はありません)。

ただし、相続人が賃貸していると相続開始時点で不動産の貸主と借主が同一人となり、小規模宅地等の特例の要件である申告期限までの事業継続要件を満たしませんので、ご質問の場合では適用できません。お母様は、ほかにも区分マンションもお持ちなので、それを賃貸に出されているなら適用できるかもしれません。

親族に賃貸している不動産については、貸家建付地の評価は可能ですが、使用貸借の自用地では適用できません。

貸家及び貸家建付地は適正賃料で賃貸借をしていれば問題ありません。固定資産税額は分かりませんが、ご質問の場合、月7〜8万円は家賃相場と固定資産税の中間の水準になる可能性がありますので、使用貸借になるか賃貸借になるかは微妙なところです。

ただ、賃貸借にあたる場合で、賃料が固定資産税プラスそのほかの必要経費より大きければ、貸家及び貸家建付地として評価できる可能性がありますが、ご質問の場合は賃料が低額であるため厳しいかもしれません。

判断が難しい面があるので一概には言えませんが、上述のご説明から、税理士の方へご相談された際のお話として、「毎月家賃負担0円で住んだとしても相続税額には影響がない」というのは、いずれにしても貸家建付地の評価が適用できない水準の家賃を支払うなら、無償での使用貸借の自用地評価でも相続税評価が変わらないという趣旨かと思われます。

逆に、「家賃相場の8割程度を負担しなければ、相続時の税額が一気に増える」というのは、やはり貸家建付地の適用をできるできないを意識しての指摘かと思われます。

なお、お母様と生計を別にしている場合は、賃料について、お母様の方で不動産所得の申告が必要になります。また、相続が発生し、ご兄弟と財産を分ける際に、不動産の有利な貸借が生前の特別受益に当たる可能性もあるので、念のためご検討ください。

状況を整理し、全体像を踏まえて専門家にきちんと相談

ご質問のケースは、断片的な情報だけでは一概には言えないところもあり、実務上の判断が難しいところも多くあります。きちんと専門家に依頼して、お母様の相続税額のシミュレーションや、ほかの法定相続人がいらっしゃれば遺産分割の方針等も含めて話し合っておくことが望ましいでしょう。

断片的な情報ですと誤解が生じる可能性もありますので、きちんと全体像を示して、ご希望の優先順位などを明確に伝え、状況を整理しながらご相談されるといいでしょう。

特に相続対策は、正しい知識に基づいて、きちんとしたプランで長期的に計画を実行しないと、払わなくてもよかった税金の負担が生じてしまう恐れもあります。ご自身たちで全体像を理解して、間違いなく行動することが難しそうでしたら、継続的に実行面も支えてくれる専門家をつけることが望ましいでしょう。

(注1)使用貸借の場合には、当事者の一方が無償で使用・収益した後に返還することを約して、相手方からあるものを受け取ることによってその効力を生じるというものですので(民法593条)、賃貸借の場合における通常の賃料という概念はなく、したがって費用負担した額との差額が経済的利益の供与として課税されることはないという説明があります。

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