はじめに

──『0円で生きる』というと、一見、実用書の棚にある節約本のようにも思えますけど、紹介していることはたんに出費を抑える節約術ではないですよね。

鶴見:無料ならなんでもいいというわけではなくて、キャンペーンで無料のおためし期間とか、企業のロゴが入った無料グッズとか、そういう企業の宣伝になるようなことは紹介していません。

そういうもののほうが一時的に手に入る利益は多いかもしれないけれど、それらが無料である理由は、他で高くしているぶんのお金から出ていたり、労働力を搾取していたり、環境を破壊しているのにそのぶんのコストを払っていなかったりと、何かしら「大きな経済」の矛盾に加担している可能性があるからです。

もちろん、生きていくのにお金は必要だし、お金を使うことや稼ぐことは否定しません。本書で言いたいのは、利益至上主義の「大きい経済」とは異なる、「小さい経済」を作っていきましょうということなんです。

お金ではない、贈与や共有で成り立つ世界

──「小さな経済」をもっと掘り下げて言うとどういうものなのですか。「大きな経済」とどのように違うのでしょうか。

イメージとしては、「大きな経済」は、お金を増やすことを目指してどこまでも広がっていく経済。対して「小さな経済」は、「贈与」や「共有」に基づく、顔の見える範囲や地域に根差した経済と言えます。

現代のお金全盛の経済が始まる前は、人に何かをあげてお返しをもらったり、余ったものは人と共有して生活に必要なものを賄っていくのが普通だったんですよね。

「贈与」については、もののやりとりだけ限らず、何か作業や行事がある時の助け合いや手紙のやりとりなんかも含まれます。

昔も貨幣がなかったわけではないですが、市場経済の占める割合は今よりもずっと少なかった。また江戸時代には、町人が豆腐を買う時でさえ帳面につけておく「ツケ払い」で、「その場でお金を支払わない貸し借り」がなだらかに組み込まれた経済が成り立っていました。

ところが現代の資本主義社会では、市場経済が大きくなりすぎて、それまで行ってきた貸し借り・助け合いがすべて即時決済のお金に置き換わった。結果、協力的な人間関係まで失われるという弊害が起きて、お金がないと人は生きるのが大変になってしまいました。

「つながり」や「絆」はいい面ばかりじゃないけれど

──昔の社会ではお金を使わない分、マンパワーでまかなっていたわけですね。

実際に自分でお金をなるべく使わない生活を実践してみて、お金を使わないで何かをするということはある意味では人の力を借りることで、お金というものがそもそも人間関係を省略するためにあるんだなと、気づきました。だから、お金を使っちゃったほうが楽だし、使わないと、そのぶん人間関係の煩わしさや大変さは出てきちゃう。

贈与というのは、基本的に「もらう」「あげる」だけではなくて、「お返し」がセットになって維持されていたものです。

一方があげっぱなし・もらいっぱなしの関係だと続かないですよね。だからお返しが大切になるんですが、これが結構難しい。やりとりは「お金」が出てくるとその時点で即時決済というか、関係がドライに終わるんですけど、お金を使わない貸し借りの場合、いちいち誰が自分に何をくれたか、どれだけのことをしてくれたか、どれだけ借りがあるのかを覚えていないといけないんですよ。

かつては受けた借りに対して相応のものを返さなきゃいけないのはもちろんだったし、どれくらいのタイミングで借りを返すかというのもけっこう大事で、早すぎても間があきすぎてもいけなかった。だから、昔の家庭ではそういうことを記録するための帳簿なんかが割とよくつけられていたと思います。

今はお返しももっとゆるく考えたほうがいいし、絶対ということにしないほうがいい。少なくともそこまでのルールは必要ありません。