はじめに
4.資産運用のIT化
活用次第で大きなメリットに
資産運用の世界で、IT化が急速に進展しています。ご存知の通り、私たちの日常生活ではすでにIT化の恩恵をたくさん受けています。金融の世界でもネット証券の普及で個人投資家の資産運用は劇的に身近になりました。そして今、金融(Finance)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた「フィンテック」というキーワードが登場してきたように、さらに踏み込んだ新しいステージのIT化が始まっています。
たとえば、ある程度投資の知識のある人にとっては、ネット証券を使って安いコストで手軽に取引できるようになったことで利便性が飛躍的に向上しましたが、投資の知識がない人はそれを活用することができません。多額の資産を持つ人であれば、証券会社やプライベートバンクから手厚いアドバイスを受けたり、資産運用を一任したりと特別なサービスを受けられますが、これらは富裕層だけが受けられる特権でした。
そこへ、前述したとおり、安いコストで資産運用をおまかせできるロボアドバイザー投資のサービスがアメリカで登場しました。大きな資産を持たない一般の人や、運用資産配分がよくわからない人でも、わずかな手数料で高度な世界分散投資ができます。
ロボアドバイザーに限らず、資産運用での人工知能の活用も進展が期待される分野です。そもそも伝統的な投資理論は、「人々は合理的にふるまう」などといったあまり現実的でない仮定のもとに展開されており、それを批判する人たちによって心理学を活用した行動経済学という分野が発展しました。
たとえば、他の人と同じ行動を取りたがる「ハーディング効果」によって人気ばかりが先行する株を高値づかみしてしまったり、自らのミスを認められないばかりに含み損が生じた資産をいつまでも「塩漬け」してしまうなど、個人が冒しやすい失敗は行動経済学で説明できます。
もちろん行動経済学も完全ではないのですが、こうした人々の投資行動をビッグデータで実証することで、より良い運用の手法を解明できる道筋が見えてきました。
このことで伝統的な投資理論が否定されるわけではありませんが、人工知能を利用することで、誤った投資行動を取りやすい局面で軌道修正を促すようなアドバイスも可能になり、個人投資家の運用成績の向上に役立つことも期待されます。
資産運用でのIT化の進展は、利便性やコストダウンといった枠組みを超えて、個人の資産運用を進化させてくれるツールになると考えられます。
一歩先の未来が見えない今、“予測しない”資産運用を
世界の金融市場で渦巻き始めた大きな4つの波。それに飲み込まれるか、うまく乗りこなしていくかは個人のスキルにかかっています。前述した通り、資産運用は精緻化し選択肢も増えたために難易度は上がっていますが、だからといってリスク投資をしないという選択肢も安全とはいえません。
近年、日本だけでなく世界で大規模な金融緩和が行われてきました。金融緩和はいつか、やめなければならない日がやってきますが、その出口にどんな事態が待っているかは誰にもわかりません。
ソフトランディングできればベストではありますが、最も有力なシナリオはインフレです。緩和終了後に政府が持ちこたえるためには、国家財政の負債が軽くなっている必要があり、それを可能にするのはインフレしかありません。また、預貯金に課税する「資産課税」も、十分あり得るシナリオです。いずれも、資産を預貯金だけに回している人にとっては大きな打撃になりえます。
これらは、これから起こり得るリスクの一例でしかありません。そもそもリスク管理とは、予測をせず、どんな事態が起こっても対応できるようにすることです。何が起こるかわからない未来に、リスクヘッジできる唯一の方法は世界分散投資です。まずはこれをキーワードに、一人ひとりが自分に合った資産運用をデザインしていくことが求められているのです。
加藤康之 Yasuyuki Kato/アカデミック・アドバイザー。京都大学大学院特定教授。東京工業大学大学院修士卒業、京都大学博士。1980年、野村総合研究所入社。ニューヨーク、ロンドン拠点の金融工学部門を経て、東京のシステムサイエンス部長。1997年から野村證券(株)に転籍、金融工学研究センター長、フィデューシャリーサービス研究センター長。2005年から野村證券(株)執行役。2011年4月から京都大学大学院経営管理研究部 教授(専門は投資理論、金融工学)、2015年5月から同特定教授。2016年5月から年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)運用委員。