はじめに
「太陽の沈まない国」ことスペイン帝国は、新大陸から膨大な量の金銀を運び込みます。これはヨーロッパの経済全体に大きな影響を与えました。それが「価格革命」です。
モノもカネも「需要と供給」で価値が決まる
ちょっとだけ個人的な話をしましょう。
小学生の頃、初めて農家の生産調整の様子をテレビのニュースで見たときは衝撃的でした。収穫前のみずみずしいキャベツが、トラクターでそのまま畑に埋め戻されていたのです。なんてもったいないのだろうと当時の私は感じました。
大人になった今なら、あれが農家の利益を守るために必要なことだと分かります。市場に出回る野菜の量が増えると、野菜1個あたりの値段は下がります。野菜の供給量が需要をはるかに上回ってしまうと、時には極端に値段が安くなってしまう――いわゆる「値崩れ」が起き、農家は充分な収入を得られなくなります。供給量を抑えることで、それを防いでいるのです。
モノの価値は需要と供給によって決まります。
このことは、私たちの日常生活からも理解しやすいでしょう。
実は同じことが、お金にも当てはまります。世の中に出回っているお金の量が増えると、お金そのものの価値が下がってしまいます。たとえば100円玉1個の価値が下がった場合を考えてみましょう。今まで100円玉5個と交換できたはずの商品が、6個を渡さないと入手できなくなります。
この100円玉の例からも分かる通り、お金の価値が下がるというのは、裏を返せば、商品の値段が上がるということでもあります。お金の供給量が増えて、その価値が下がると、お金と交換できるあらゆるものの値段、すなわち物価が上がるのです。
このような物価上昇をインフレーションと呼びます。「インフレ」という略語を耳にしたことがある読者も多いでしょう。
現代の経済学では、穏やかなインフレーションは世の中にとって望ましいとされています。お金を持っているだけでは価値が下がってしまうので、それを投資に回す必要があります。企業であれば、お金を銀行口座に眠らせておくよりも、新しい機械設備を購入したり、新規事業に挑戦した方が得になります。適度なインフレは経済の発展を刺激するのです。
お金の供給量を増やすには?
世の中に出回るお金の量は、各国の中央銀行によって調整されています。
日本で言えば日本銀行、アメリカならFRB(連邦準備銀行)、イギリスならイングランド銀行が中央銀行です。ざっくりと言えば、これらの中央銀行は「民間の銀行にお金を貸す銀行」です。
お金の供給量を増やす方法として、分かりやすいのは「買いオペ」でしょう。
買いオペとは、証券取引所で売買されている国債を、中央銀行が買い取ることを言います。日本であれば、日本銀行が日本国債を購入するわけです。すると、その支払いとして中央銀行の保有するお金が民間人の手に渡ります。逆に、世の中に出回るお金の量を減らしたいときは、中央銀行が保有している国債を売却すればいい。民間人の保有しているお金を、中央銀行の金庫に戻すことができます。
また、公定歩合(こうていぶあい)を引き下げることでも、お金の供給量を増やせます。公定歩合とは、中央銀行が民間の銀行に融資する際の金利のことです。これを引き下げれば、民間の銀行はよりお金を借りやすくなります。民間の銀行が顧客に融資する際にも、金利を安くできます。世の中全体でお金を借りやすくなるので、結果として流通するお金の量も増えます。
お金の供給量を増やすには、預金準備率を引き下げる方法もあります。
あなたが銀行に預けたお金は、銀行の金庫に保管されているわけではありません。銀行はそのお金を、誰か別の人に貸しています。もしもあなたの預金のすべてが融資に使われてしまったら、あなたがお金を引き出したいときに困りますよね。そこで、中央銀行は「顧客から預かったお金のうち一定の比率を、引き出しに備えて中央銀行に預けておきなさい」というルールを定めています。この中央銀行に預けるべき比率のことを預金準備率といいます。
預金準備率を引き下げれば、そのぶん民間の銀行は融資がしやすくなります。これにより世の中を出回るお金の量が増えるのです。
買いオペ(と売りオペ)、公定歩合、預金準備率。
この3つが、中央銀行がお金の供給量を調整する主な手段です。現在の日本では長らく金融緩和が続いていますが、これら3つの方法を駆使して、世の中のお金の供給量をなんとか増やそうとしているわけです。先述の通り、計画的で穏やかなインフレーションなら、経済にとって望ましいからです。
反面、無計画にお金の供給を増やしすぎれば、その国は「ハイパー・インフレ」に陥ります。野菜の値崩れと同様に、お金の価値が極端に下がってしまうのです。紙幣は文字通り紙くずとなり、一方、物価は天文学的な金額へと暴騰します。第一次大戦後のドイツやゼロ年代のジンバブエでこれが起こりました。