はじめに
主要な金融商品の2019年相場について、業界を代表する専門家に聞く短期集中連載。2回目は為替、中でもドル円相場の見通しを、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔さんに聞きました。
2018年の金融市場では米中貿易戦争やブレグジット(英国のEU離脱)問題の再燃が注目されましたが、ドル円相場は値動きに乏しい展開が続きました。新しい年のドル円相場はどうなるのでしょうか。
2018年は史上空前の低ボラティリティー
――2018年のドル円相場はあまり動きのなかった印象でした。振り返って、どんな1年だったでしょうか。
唐鎌さん(以下同): 2018年のドル円相場は、1年を通した値幅がわずか9円99銭。変動相場制が始まった1973年から45年の歴史を振り返って、最も変動幅が小さい年になりました。ちなみに、前年の2017年は史上3番目の値動きに乏しい年だったので、2017年と2018年を合わせると“最も動かない2年間”だったことになります。
――2018年は米FRB(連邦準備制度理事会)が利上げを進めました。本来、米金利が上がったので、ドル高・円安になるはずだったのでは?
今年、確かに利上げに応じて日米金利差は拡大しましたが、それにしたがって円売り・ドル買いが加速するようなことはありませんでした。「利上げ=円売り・ドル買い」という単純なシナリオがもう通用しなくなっていると考えたほうがよさそうです。
やはり世界経済の成長がピークアウトしており、米金利が上昇したからといって「円安・株高」というシナリオに飛びつきにくくなっているということではないかと思います。
たとえば製造業PMI(購買担当者景気指数)を見れば、中国に加え、欧州、日本など先進諸国でも製造業の景況感が明確に悪化しています。こうした中、米国のISM製造業景気指数などは60付近で横ばいを続けていますが、このような“超”高水準は歴史的に長く続くものではありません。また、米国の住宅販売は新築も中古もはっきりとピークアウトしています。
最も注目したいのが失業率です。FRBが金融引き締めに踏み切った2013年当時、完全雇用の状態となる失業率の目安は5~6%としていました。しかし、現在の失業率はそれを大きく下回る3.7%です。ここまで予想していた向きはないでしょう。
これらが何を示しているかというと、世界経済はすでに天井を打っており、唯一好調に見える米国も「改善の極み」に差し掛かっている。もう伸びしろが残されていないということです。
日米株式市場はバブル末期の症状
――経済がピークに達しているのに、利上げによる引き締めは続いているということになりますね。これは市場にどういう影響を与えますか。
利上げは2017年までは米国経済の好調をシンボリックに表すものとして市場に好感され、株価上昇につながっていました。しかし、2018年は一転して株売りの材料にされるようになりました。同年秋に日米の株式市場が急落しましたが、この引き金となったのも米金利上昇でしょう。
この時、NYダウ平均も日経平均株価も、高値圏において大幅な上昇と下落を繰り返す「高値波乱含み」の展開でした。これは典型的なバブル末期の症状です。
もともと私は、2018年はFRBが利上げの手を止め、ドル安になると予想していました。FRBがもっと利上げの副作用に敏感になると思っていたのです。
しかし、FRBはそれほど新興国や自国の住宅市場の悪化を気にかけず、強い雇用情勢を背景に利上げに邁進しました。これだけ金利が上がっていればドル安にはなりにくいでしょう。実際、とある機関投資家の方から「利上げしている通貨を積極的には売りづらい」という声を頂戴したこともあります。
しかし、2018年は金利上昇を株式市場が嫌気するようになりました。これ以上の利上げは難しいフェーズに入ってきたと思います。ジェローム・パウエル議長をはじめとするFRB幹部の発言も、ここへきて弱気な姿勢が目立つようになりました。
今後、FRBから何らかの形で「次の一手は利上げではない」というメッセージが発せられた時、これまで均衡を保っていた為替市場が、ドル売りへと大きく舵を切る可能性があると考えています。象徴的にはFOMC声明文の変化などを注視したいところです。
本来であれば、「もう利上げしない」の次に来るのは「何もしない」ことです。正常な状態の金融政策は「現状維持」なのですから、これが当然です。
しかし、マーケットというのは極端なことばかり織り込もうとするもの。利上げをやめた途端に「次は利下げか」という直情的な連想が働き、ドルは全面安になる可能性もあるでしょう。もちろん、対円でも下落する円高局面がやってくることになります。