はじめに

昨年10月に始まった米国発の世界的な株式市場の下落は約3カ月に及びましたが、年初の「アップル・ショック」で一旦、底入れしたようです。この間、様々な要因が複合的に絡みあってきたことが、相場の調整を長く深いものにしたのだと思われます。それらの要因を、順を追って改めて見てみましょう。


混乱が助長されていった昨年末

米国株の急落は米国長期金利の上昇がきっかけでした。金利対比の株価の割高感が意識された調整でしたが、これは昨年2月に起きた株価急落とまったく同じ構図でした。

それに続いて、ボラティリティの上昇でリスク資産のポジションを落とす「リスクパリティ戦略」をおこなっているファンドからの売りや、下落トレンドが鮮明になったことで「トレンドフォロー戦略」のCTAなどの売りが株価下落に拍車をかけるという構造も2月に見られたのと同じ光景でした。そこに原油安が加わり、その原油安の背景として中国をはじめとする世界景気の減速懸念の強まりがクローズアップされてきました。

市場が景気の先行きに対してナーバスになっているにもかかわらず、FRBのパウエル議長は淡々と利上げを進める趣旨の発言をおこない、市場ではFRB不信が台頭しました。

昨年を通じて米中貿易戦争は相場の最大の重石でしたが、年末にかけては貿易摩擦が激化していきました。そんな中、ファーウェイの幹部がカナダで逮捕され、米中の対立はもはや通商問題にとどまらない全面対決であることを世界に印象付けました。

これだけ悪い材料が重なると、市場は何が要因で株が売られているのかをはっきり把握することができず、混乱が助長されていきます。理由はよくわからないけど株価が「下がるから売る」「売るから下がる」とまさに売りが売りを呼ぶ悪循環に陥ってしまったのです。

日本株の下落は行き過ぎ

相場は悲観の極に達していたと言えるでしょう。日経平均で言えば、昨年の年末に瞬間的にでもPBRが1倍を割り込みました。今後世界景気が減速したとしても、すぐに景気後退に陥るほどの酷い落ち込みは想定できません。

企業業績で言えば、せいぜい数パーセントの減益になる程度でしょう。いや、仮に2桁の減益になったとしても、それはまだ「利益が出ている」ことには変わりありません。PBRが1倍を割るというのは、減益どころか赤字になって資本を毀損するということを織り込むレベルです(厳密に言うと、自己資本利益率が資本コストを下回るとPBRが1倍を割るという理論もあります)。

実はいま、上場企業の半数近くがPBR1倍割れの異常な状況です。しかし日経平均のPBRが1倍割れということは、日経平均を構成する日本を代表する優良企業225社の企業価値の合計が解散価値を下回るというのは、いくらなんでも行き過ぎと思われます。

「半値戻しは全値戻し」?

マーケットの動きは楽観と悲観との間を揺れ動く「振り子」に喩えられます。市場心理が極端な悲観に振り切れれば、今度は反対の楽観方向へと修正の動きが出ます。現在はその揺り戻しが起きています。その背景は、株価急落をもたらした諸要因がすべて逆方向に緩和されているからです。

そもそも米国株の調整のきっかけだった米国長期金利は低下しました。VIX指数も安定を示す20以下に低下し「リスクパリティ戦略」のポジション調整もマイナスに作用しなくなりました。原油価格も持ち直しました。パウエル議長はじめFRB高官からは、「金融政策の見直しをためらわない」と市場に配慮する声も聞かれ、利上げの一時停止観測も台頭しています。

米中通商協議も前向きに進展しているとの報道が増えています。もっとも米中対立の根は深いため、そうすんなり決まるものではないでしょう。来週には劉鶴副首相が訪米し、米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表らとの貿易協議に臨むことが予定されています。米中貿易協議もいよいよ大詰めで目が離せません。

こうしたなか、真っ先に米国株が戻りました。ダウ平均は昨年10月の高値から5,000ドル以上も下落しましたが、その下げ幅の半分を取り戻す「半値戻し」を達成しました。「半値戻しは全値戻し」といい、半分取り戻したなら、次は全部取り戻す、再び高値に戻るという格言です。

ただ、この言葉にはもうひとつ別な解釈があります。「半値まで戻すのが全値戻しに相当する」--つまり、下げ幅の半値が戻りの目途で、反騰もここまでだ、という警戒的な解釈です。米国の政府閉鎖が長引いていたり、英国のEU離脱問題も混迷するなど問題も多いだけに、今回ばかりは半値戻しの意味がどちらになるか、まだ見定めるのは難しいところです。

日本株は米国株に比べて出遅れが顕著です。日経平均もダウ平均同様に10月の高値から5,000円以上も下落しましたが、その下げ幅の3割しか戻せていません。せめて半値戻しを達成し、「半値戻しは全値戻し」の意味を巡って頭を悩ませてみたいものです。

<文:チーフ・ストラテジスト 広木隆>

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