はじめに

日本の国内事情を分析

一方、ドル円相場の過去の値動きを語るうえで、日本の金融政策にも触れないわけにはいきません。

日本銀行は、黒田東彦総裁の就任後、2013年4月4日に「量的・質的金融緩和」(いわゆる異次元緩和)をスタートさせ、2014年10月31日には同第2弾を発動しました。日銀の大規模な金融緩和は「黒田バズーカ」とも称され、ドル円相場に大きな影響を与えたであろうことは疑いようがありません。

ただし、すべてを日銀の金融政策で説明することには異論も当然あります。たとえば、異次元緩和第2弾の発動と同日に、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は運用資産構成割合の見直しを発表しました。この結果、対外証券投資に回す資金が大幅に増加したことが、その後の円安加速を説明するには合理的かもしれません。

このように、金融政策よりも実需の売買のほうが重要との文脈の中で、貿易収支の果たす役割の大きさを指摘しておきたいと思います。

日本の貿易収支の推移を見ると、円安が大きく進んだ2014~2015年にかけて、貿易赤字が急拡大していることがわかります。東日本大震災以降、日本国内の多くの原発が稼動停止となり、その結果、海外からの化石燃料の輸入量が増加。その後、資源価格の上昇と相まって、日本の輸入金額が急拡大しました。

大震災からしばらくは円高基調が続きましたが、その後の急速な円安への伏線は張られていたといえるでしょう。なお、2015年後半以降は日本の貿易赤字が縮小し、黒字に転じたことが円安局面の反転に大きく寄与したと考えられます。

直近の状況では、日本は再び貿易赤字基調に転じています。実需取引を軽んじることができないのは、資金の流れが一方通行であることに起因します。ヘッジファンドなどの投機筋が短期的な影響を及ぼすのに対し、実需取引は中長期的な相場の方向性を決定することがイメージされます。

現状、日本の貿易赤字額が巨額というわけではないため、大幅な円安局面は想定しにくいのですが、リスクはやはり円安方向に傾斜していると考えられます。ただし、日本の貿易収支は原油などの資源価格に左右されやすい傾向があるだけに、原油価格がさらに軟化した場合、円高リスクが高まる可能性も十分にあると考えています。

<文:シニア為替ストラテジスト 石月幸雄 写真:ロイター/アフロ>

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