はじめに
世間では、景気後退の“予兆”とされる「米国債の逆イールド発生」が大きな話題になっています。確かに、過去には逆イールドが発生してから1年半程度で景気後退になってきました。しかし、逆イールドが発生したから、という理由で景気が後退するものではありません。
逆イールドと景気後退との間に、因果関係はありません。この点は過去に何度もレポートしています。しかし、逆イールドは今回もまた、“結果的に”景気後退の予兆となってしまうかもしれません。というのは、今後1年半程度で米国の景気が相当減速する可能性が高いと思われるからです。
減速が懸念される2つの理由
理由は2つあります。まず、景気の循環的なタイミングです。
現在の世界の景気は、在庫調整のサイクルである3年~3年半で循環しています。今のサイクルは2016年の半ばに底をつけ、そこから1年半は景気拡大の道をたどりましたが、2017年末にピークを迎えました。今度はそこから景気悪化となりましたので、今年の半ばですでに1年半が経過、今がボトムと思われます。
そうすると、今後は再び景気が回復していくでしょう。半導体などの世界売上高に底入れの兆しが見られたり、国内の電子部品・デバイスの出荷・在庫バランスがマイナスを脱してきたことなどから、在庫調整が相当程度、進展していることをうかがわせます。
3年~3年半の景気サイクルに照らして、ここから1年半は景気回復期だとすれば2020年いっぱいは大丈夫。ですが、2021年前半に景気のピークが再びやってくることになります。
そして、ちょうどその頃に、これまでずっと堅調を維持してきた米国の労働市場もピークアウト感が鮮明になりそうです。これが2つ目の理由です。短期景気循環の次のピークに米国労働市場の悪化が重なるとなれば、それはかなりの景気減速となり、場合によっては景気後退に陥る可能性も否定できません。
非製造業の雇用に退潮の兆しは?
足元、米国では製造業の不振が鮮明になっています。これを如実に表すのがISM製造業景況感指数です。同指数はずっと低下が続いてきましたが、8月はついに景気拡大・縮小の節目となる50を割り込んでしまいました。
ただ、全米の雇用者数に占める製造業の割合は1割しかありません。ですから、製造業の雇用が悪化しても、それほど大きな問題ではありません。
民間雇用の9割を占める非製造はどうかというと、8月のISM非製造業景況感指数は前月から上昇し、市場予想を上回りました。水準も56.4と、好不況の境目の50からまだだいぶ距離があります。指数の伸びは2008年2月以降で最大でした。
では、米国の労働市場はまだ退潮の兆しがないかといえば、そうではありません。内訳の雇用指数は大きく低下しています。製造業の不振には目をつぶれますが、経済の9割を占める非製造業の雇用が鈍り始めたとなると、看過できません。
ISM非製造業の雇用は振れが激しく、トレンドが見極めにくいですが、6ヵ月、12ヵ月、24ヵ月の移動平均のいずれもピークアウトを示唆しています。
株式市場がピークアウトするのはいつか
四半期ベースでISM非製造業の雇用指数を長期に見ると、失業率の上昇に先行して悪化しているのがわかります。米国の失業率は現在半世紀ぶりの低水準にあり、ほぼ完全雇用に達していると思われます。であるならば、これ以上は良くならず、いつか悪くなり始めます。
米国の調査会社DeepMacroによれば、新規採用の伸び率は春につけた直近のピークから下落し続けています。人材派遣業界の団体であるアメリカン・スタッフィング・アソシエーションが加盟企業を対象に定期的に実施した調査によると、派遣や契約職員の雇用は8月に前年同月比4.4%減少した、とBloombergニュースが報じています。
これは雇用悪化の典型的なプロセスです。まず新規採用を中止し、次に非正規雇用を減らします。そして労働時間を抑制し、最後に正規雇用者の解雇という順番です。
ですから、今は労働時間に注目しています。8月の雇用統計では週間平均労働時間は反発しましたが、低下基調を脱したとはいえません。ここから一段と減少するようだと、米国で雇用が悪化するのも時間の問題、あと1年~1年半のうちには悪化が鮮明になるでしょう。
過去の例では、景気のピークに対して、平均すると半年前に株式相場は天井をつけます。米国景気が2021年前半にもピークアウトするとすれば、株価は2020年末がピークということになります。株の賞味期限もあと1年程度かと考えます。
<文:チーフ・ストラテジスト 広木隆>