はじめに

国家資格創設は最優先事項か?

児童相談所の仕事は、一歩間違えば家族を無理矢理引きはがして新たな悲劇を生む危険性もはらんでいますが、かといって緊急性の高いケースに介入しかねると、今回のような事件を引き起こしかねません。高度に専門的な仕事です。

そのような子ども分野の福祉職のさらなる専門化で、複雑化する現場の情勢に対応しようというのでしょうか。厚生労働省が、子ども分野の新たな国家資格の創設を論議中です。

「福祉新聞」8月26日および9月16日の記事によると、この新たな国家資格の創設は、6月に成立した改正児童福祉法等の付帯決議に、その検討が盛り込まれていたものです。

現在厚生労働省の「子ども家庭福祉に関し専門的な知識・技術を必要とする支援を行なう者の資格の在り方その他資質の向上策に関するワーキンググループ」(座長・山縣文治・関西大教授)で話し合われているもので、児童福祉分野における行動や知識と技能を持つ人材の育成と確保を目指しているといいます。

しかし、児童福祉に関する資格としてはすでに児童福祉司があり、社会福祉に関する国家資格としては、社会福祉士・精神保健福祉士・介護福祉士があります。今回の子ども分野における新資格創設案に対し、日本社会福祉士会や日本精神保健福祉士協会は、「新資格を作り専門人材を育てるには時間がかかり、既にある資格者のレベルアップを図った方がいい」と反対の立場を表明しています。

確かに、新しい資格が誕生すれば、子ども分野の福祉職を目指す人は、その資格取得のための勉強や、実習、試験対策に多くの時間を取られることになります。

筆者は精神保健福祉士の資格を持っていますが、資格試験のために勉強した内容のなかには、イギリスの福祉制度の歴史など、福祉職の現場仕事には到底使いそうもない知識も多くありました。それらを暗記しなければならない上に、資格取得のために専門学校などに通うのは、たとえ通信であってもそれなりの費用と時間がかかります。

一方で、社会福祉士や精神保健福祉士・介護福祉士といった国家資格の保持者のなかにも、非正規雇用で自らがギリギリの生活をしながら、対人援助の仕事を続けている人は少なくありません。

いまの子ども分野の福祉現場には、新しい資格を創設して、その資格取得のためのハードルを設定することよりも先に、健全な精神状態で仕事を続けられるだけの賃金アップや待遇改善、業務過多とならないための人員増のほうが喫緊の課題として求められているのではないでしょうか。

難しい国家試験を通った人が仕事をするようになれば、児童福祉の質も改善されるに違いない。いかにも難関の国家公務員試験を勝ち抜いた厚生労働省の官僚が考えそうなことですが、いまこのときも家庭で虐待され、声にならない悲鳴を上げている子供たちを救うために、それが本当に優先順位として上位にあがることなのでしょうか。

このワーキンググループの最終的な結論は、2020年末に取りまとめられるとのことです。論議するワーキンググループには児童福祉施設の責任者なども参加しているようですが、「仏作って魂入れず」の新資格とならないように、福祉施設の管理職や官僚主導ではなく、現場で苦しい思いをしながら働いている現役職員の声を必ず反映してほしいと願わずにはいられません。

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