はじめに
ベトナム最大の民間企業のビングループは昨年12月、同社が手掛ける国内最大のコンビニエンスストアチェーン「ビンマートプラス」など小売事業の経営権を、食品最大手のマッサングループに売却することを発表しました。
同国は東南アジア第3位となる約9,600万人の人口を擁し、2040年ごろまで労働力人口の増加が見込まれています。
所得水準の向上を追い風に、ベトナムの小売市場規模は2020年までに2010年の約2倍に当たる1,800億ドルへと拡大(ベトナム統計総局調べ)。中でもコンビニ市場の成長率は2017~2021年にアジア最大となる年平均37.4%が期待されています(英調査会社IGDまとめ)。
このように小売市場が急成長する中、業界を牽引してきたビングループの事業売却にはどのような背景があるのでしょうか。
売り手と買い手はどんな会社なのか
小売事業の売却を発表したビングループは、ここ10年間で急成長した新興企業の1つです。ホーチミンやハノイに行けば一度は目にする商業施設「ビンコムセンター」や、住宅ブランド「ビンホームズ」、5つ星リゾート「ビンパール」などの開発を中核としています。
近年は事業多角化を加速しており、2015年には小売事業へ参入を果たしました。そして昨年9月には、約60都市でコンビニ「ビンマートプラス」2,287店舗、スーパーマーケット「ビンマート」120店舗を展開する小売り最大手へと浮上しています。
一方、マッサングループは魚醤やチリソースなどの調味料、インスタントラーメン、インスタントコーヒーなどの食品分野で、国民に深く浸透する多くのブランドを持つ食品メーカーです。日用消費財のブランド力ランキングでは、常にトップ3に入る常連でもあります。
さらに2015年から2018年にかけて、養豚事業や豚肉加工事業に参入しています。日本ではスーパーで当たり前のように販売されているパッケージングされた食肉加工製品ですが、依然として家庭で消費される食肉の多くが市場で購入されているベトナムでは、パッケージングされた食肉の流通量は消費量の1%以下にとどまっています。
ベトナムでは中間層の拡大に加えて、家畜伝染病のアフリカ豚コレラの流行で食の安全に対する意識も高まっています。今後はパッケージングされた食肉製品の需要拡大も期待されます。
小売事業の売却に踏み切ったワケ
マッサングループが1月2日に発表した取締役会の決議によると、ビンマートとマッサングループは新会社を設立。ビングループのコンビニやスーパーを運営する子会社と、マッサングループの食品子会社を傘下に収める方針です。
新会社の設立はビングループによるマッサングループへの小売事業の売却で、現時点で新会社における両社の出資比率は公開されていません。ただし、マッサングループが経営支配権を握ることは決定しています。
ビングループが注力してきた小売事業の売却には、同社の“お家事情”も透けて見えます。
同社は小売事業への参入に続いて、2018年にベトナム初の国産車「ビンファスト」の製造と「Vスマート」ブランドのスマートフォンの製造を開始。巨額の投資が必要な製造業への参入をきっかけに、昨年以降、韓国のSKグループなどの外国企業を相手に資金調達を活発化しています。
ビングループ側は今回の売却理由について、店舗網の拡充のために出店攻勢を強める反面、赤字が膨らんでいる小売事業を売却することで、財務の健全化を図るとしています。しかし、国内有力企業から資金調達を図り、製造業を強化するとの思惑もありそうです。
<写真:ロイター/アフロ>