はじめに

分断が広がる米国社会

さらに、米国では、5月25日のミネソタ州での警官による黒人男性死亡事件を発端とした、デモと暴動が米国全土に広がっています。

大統領選挙を控えている中で、極端な政治勢力の動きも暴動激化の背景と見られますが、経済的な側面では、最悪期を脱したとはいえ米国の経済状況が広範囲に悪化し、社会的緊張が高まっていたことも大きかったでしょう。

FRB(連邦準備制度理事会)の調査によれば、所得4万ドル未満の家計の約4割が失業リスクに直面しています。経済封鎖の被害を大きく受けた、低所得労働者に深刻なダメージが及び米国社会は分断しつつあると言えます。

トランプ政権が発動した所得補償を中心とした財政政策の規模はとても大きく、3,000億ドル規模の家計への現金給付はすでに5月までにほぼ支給されています。さらに企業への融資を通じた経路を加えるとGDPの6%程度の政府支出が、家計への所得補償に回ったとみられます。

4月の米国の経済指標は軒並み悪化しましたが、政府からの現金給付によって家計所得は前月比+10%以上も増えており、迅速な米国の財政政策が、経済活動の落ち込みをかなりの程度カバーしています。

ただ、その効果が米国の労働者全体に、まんべんなく行き渡るのは難しいでしょう。たとえば、失業保険給付金の支払い方法は州によって異なり、保険金給付が遅れている可能性が高い州があります。

極めて大規模な財政政策が発動されても、この安全網から漏れている低所得者が多く、それが社会分断を広げ全国的な暴動や略奪を招いた面もあると言えます。

先述した通り、当局による財政金融政策への期待が、米国の株高のドライバーでした。ただ、これまで大規模な経済対策が早急に実現したこともあり、追加の経済対策には大きな期待は難しい状況になっています。追加の経済対策に関しては、民主党、トランプ政権の双方が掲げるプランが大きく異なっています。

今後、両党の妥協によって追加財政政策が決まる可能性もありますが、国内の暴動問題、トランプ政権の強硬な対中政策、など大統領選挙を控えて政治情勢は一段と複雑化するでしょう。これまで景気回復最優先だった議会が機能不全に陥るなど、経済政策に対する失望が市場心理を冷やしかねないと筆者は警戒しています。

<文:シニアエコノミスト 村上尚己>

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