はじめに

このスポーツでなければ、何が好きか?

――山崎さんが見てきたさまざまな事案から、結局、スポーツ指導での暴力・虐待の何が最も問題だと感じますか?

長年、選手の権利保護の仕事をしてきましたが、今、スポーツ選手のセカンドキャリアを開発・支援する試みが国際的に流行です。これまでは選手の多くがスポーツだけに集中してきました。でもそうすると、例えば清原和博選手など、あれだけ純粋に野球を愛し、野球に尽くしてきた人、そういう人がスポーツ界に消費されるだけされた結果、引退後、自分の人生の目標を見失ってしまう。

選手生活が終わった後、本人ももがき苦しんだ末に、ああいう形になってしまった。でも、それも結局、みなが彼をスポーツだけに集中させてきた結果ではないでしょうか。なおかつ、「ホームランを打て!」とプレッシャーを彼にかけ続けてきた。

幼いうちからスポーツだけやらせたり、無理くりやらせる。行き過ぎた指導をするというのは、結局「子どもが自分の人生の楽しみを見つける能力を失うことだ」と大人が認識する必要があると思います。

今、具体的に選手のセカンドキャリアを支援するプログラムに「Player Development Programs」というものがあります。ニュージーランドなど世界で広がっていて、これが非常に面白い。「自分がそのスポーツじゃなかったとしたら、何に興味を持つか。何が好きだと思うか」を一緒に探すプログラムなのです。

――一般の悩めるビジネスパーソンにも適用できそうです。

まさに、定年まで勤めあげたバリバリのビジネスパーソンにも適用できる。一生懸命に勤めた人ほど目標を見失いがちですから。目標を見失わないためには、子どもの時から、楽しみを見つける能力、小さな楽しみをたくさん見つけられる能力を育んでおくことが本当に重要です。

何か一つのスポーツだけじゃなくて、いろんなスポーツをさせてみたり、一つのスポーツでもいろいろなポジションをさせてみたり。工夫が必要。幼いうちにエリート化するのは、楽しみを見つける能力を低めてしまいます。

――楽しみというのは、言葉の印象よりずっと重い意味があると思います。楽しみがあるから生きている。

指導者や我々大人が知らず知らずのうちにその力を奪っているとしたら……?もし、親御さんなどがお子さんの部活やスポーツとの関わらせ方に悩んだ時には、子ども自身だけでなく、自分がどんな社会に住みたいか。競争して誰かを蹴落として生きていく社会か。人々が相互に違いを尊重しあう社会か。確認していただければと思います。どうすればいいかの指針になると思います。

日本の社会は、人に合わせることを優先し、自分なりの価値観を持たないようにしがちです。でも、大人も子どもも、それぞれに人生の価値観を持つ。それが正しい出発点になるのではないでしょうか。

――コロナ禍で、スポーツの本質的な価値についても見直しが起きています。オリンピック・パラリンピックも延期されました。

スポーツの価値は人と人をつなぐことにあります。選手同士はもちろん観客同士、選手と観客、スポーツを通じて多くとつながることができる。でも、1984年のロサンゼルス五輪以来、スポーツは著しく商業化され、本当の価値が少し忘れられていたかもしれません。試合に依存し過ぎるビジネスモデルもコロナで問い直されています。

オリンピックは、世界から見られるという意識を持てたという意味では、仮に来年開催されなかったとしても、逆に改革にじっくり取り組み、レガシーを作る非常にいいきっかけになると思います。

山崎卓也(やまざき・たくや)

弁護士。Field-R法律事務所。プロ・アマチュアスポーツのコンサルティングや選手の契約法務・交渉を行うスポーツ法務、芸能人および各種コンテンツビジネスの著作権保護などを扱うエンターテインメント法務を専門とする。スポーツ仲裁裁判所(CAS)仲裁人、世界選手会(World Players Association)理事、国際プロサッカー選手会(FIFPro)のアジア・オセアニア支部代表。