はじめに

「繰下げ」5つの落とし穴

以上、繰下げのポイントでした。次は、繰下げの落とし穴です。現行の5年間繰下げ制度での落とし穴について、主なものをお伝えいたします。

(1)加給年金額や振替加算の取り扱いに注意

老齢厚生年金に加給年金額が加算されるはずの人が繰下げを選ぶと、年金を受け取らないので加給年金額は加算されません。そして、年金を受け取るようになって加算される場合でも、年額約39万円の加給年金額は増額の対象外です。また、老齢基礎年金に振替加算が加算される人が繰下げを選ぶと、年金を受け取らないので振替加算は加算されません。そして、振替加算も増額の対象外です。

(2)待機中に他の年金の権利が発生すると増加率が確定

公的年金には一人一年金という原則がありますので、遺族年金や障害年金を受け取っている人は老後の年金を繰下げできません。したがって、老後の年金を受け取るまでの間に障害年金や遺族年金を受け取る権利ができると、その時点で繰下げの増加率が確定してしまいます。ただし、障害基礎年金のみを受け取っている人は老齢厚生年金を繰下げることができます。

たとえば、次のような場合です。妻が老齢基礎年金を5年間繰下げて70歳から受け取ろうとしていたところ、妻が68歳の時に夫が亡くなり、妻に遺族厚生年金を受け取る権利が発生したときは、その時点で繰下げの増額率が確定するということです。これは、妻と夫の立場が入れ変わっても同じです。

(3)在職老齢年金の影響がある

在職老齢年金というしくみがあります。受け取っている老齢厚生年金と収入の合計額によって年金額が少なくなるしくみです。そのため、65歳以降に在職老齢年金のしくみによって受け取れる年金額が少なくなる人が繰下げた場合、少なくなった金額に増額率を掛けた額になります。

たとえば、本来の老齢厚生年金の額が100万円の人が在職老齢年金のしくみにより年金額が80万円になるケースでは、5年間繰下げた場合に受け取る年金額は80万円に42%増加した114万円弱になります。142万円になるわけではありません。

(4)繰下げて受給開始直後に死亡したら

年金を繰下げると増額された年金を受け取れるようになりますが、受け取り開始した後に亡くなってしまった場合、受け取っていなかった期間の分の年金をさかのぼって受け取ることはできません。

たとえば、5年間繰下げ、70歳から受け取り始めてからわずか2ヵ月で亡くなった場合に、65歳から70歳になるまでの5年間に受け取らなかった年金をさかのぼって受け取ることはできません。

(5)遺族厚生年金の額は増えない

妻に支給される遺族厚生年金の額は、夫が受け取っていた老齢厚生年金の額の4分の3になります。しかし、年金を繰下げていた夫が亡くなった場合に、増額された老齢厚生年金の額の4分の3になるかというと、そうではありません。夫が繰下げていたとしても、増額される前の年金額の4分の3となります。

以上、繰下げの落とし穴でした。

今回の法改正で年金繰下げができるのは、原則として昭和37(1962)年4月1日以前生まれの人が2022年4月以降に繰下げ請求した場合です。そして、繰下げによる増額率は1ヵ月当たり0.7%のままです。一度繰下げの請求をすると取り消しはできません。そのため、繰下げの請求をすると過去にさかのぼって年金を受け取ることはできなくなります。

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