はじめに
企業と消費者との関わり方が変化してくるなかで、新しいコミュニケーション手法がさまざま誕生しています。。
そこで、ブランドリサーチャー・廣田周作 氏の著書『世界のマーケターは、いま何を考えているのか?』(クロスメディア・パブリッシング)より、一部を抜粋・編集して企業と消費者の新しいコミュニケーション手法を解説します。
ゲーム空間は、新たな社会になれるか
人々が安心して過ごせる「居場所」の重要性について話をしましたが、これからの「オンラインの居場所」として無視できないのは、メタバース/マルチバースでしょう。メタバース/マルチバースとは、VRやARを用いて、より現実世界に近づけたデジタル仮想空間を指します。
こうした 新しいバーチャル空間も「若者の居場所」になってきているのです。
代表的な例は、Fortnite、Roblox、Minecraft、あつまれ どうぶつの森などですね。
その中でも最大の規模を誇るのが、Fortniteです。
現在、Fortniteを運営しているEpicが、アップルとアプリ内課金の「利権」を巡って熾烈な争いをしていることでも話題になりました。
そうした争いから窺えるように、EpicがGAFAMの次のプラットフォーマーとしての覇権を握る可能性が見えてきています。
ライブ、アイドル、ハイブランド
Fortniteと言えば、DJマシュメロや、トラヴィス・スコット、米津玄師などのアーティストがライブを行い、話題になりました。
最近では、アリアナ・グランデのライブも話題になりましたね。
また、Robloxではリル・ナズ・Xのライブもありました。 今、盛んに音楽業界のスーパースターたちがFortniteやRobloxなどのメタバースに集まってきているんです。 これが何を指すかといえば、Fortnite自身は、もはや、ゲーム会社を超えた存在になろうと企んでいるということです。
ちなみに、私がメタバース時代の「アイドル」として注目しているのは、韓国のSMエンタテインメントから2020年にデビューしたaespaです。
aespaのメンバーは4人いるのですが、それぞれにアバターを持っていて、仮想世界とリンクしています。リアルのメンバーとアバターのメンバーと、どちらも活動するというアイドルで、完全にメタバース時代を意識したアイドルなんですね。
ウィキペディアによれば 「この独創的なコンセプトの元、メンバーには仮想世界『FLAT』において、インターネット上の自分を象つかさどった『もう一人の自分』であるアバター『æ』が存在している。メンバーとæは『SYNK』を通じてお互いをリンクすることができる他、『P.O.S]』と呼ばれるシンクホールに通うことで、現実世界と仮想世界を行き来する『REKALL』を行うことができる」 とあります。
このアイドルが賢いなと思うのは、aespaのレーベルは、アイドル本人たちの稼働と、バーチャル空間の稼働を分けることができるので、活動量を増やすことができるし、例えば、SNSなどの運用は、「バーチャルチーム」が一部担うことにより、稼働を調整することで、アイドル自身のメンタルヘルスのケアなどもしやすくなると思うのです。
また、 ハイブランドも積極的にメタバースを活用し始めています。
例えば、韓国の企業のZepetoには、グッチやラルフローレンが、ミニゲームの中にブランド空間を設置しています 。
中国では、なんとファッション・ゲームの「ADA」が登場するといわれております。メタバース内で、アバターにさまざまなスタイリングをさせることで、「ユーザー同士、ファッションを見せ合う」ゲームです。ゲームの中で自分のアバターにハイブランドの服を着せて着飾ります。
このゲームは、もともと韓国でソーシャルゲームをヒットさせた、アンディ・クー氏の構想なのだそうです。
私は、こうした動きからも、Fortniteなどのメタバース内で、企業向けのアカウントやAPIが早晩開放されるようになるのではないかと予想しています(広告モデルにならないといいですが)。
いずれにしても、新しい「社会」がそこに生まれつつあるのだと思います。 もちろん、当然さまざまな問題も発生するでしょうが、これからどのような社会になるか注目です。
メタバースには、インクルーシブな社会を実現してほしい
個人的には、これからのメタバースは、インクルージョンの可能性をもっと追求してくれるといいなと思っています。
ジェンダーや年齢、人種に関係なく、ゲームの中では自分のありたい姿を自由に表現でき、そのアイデンティティを誰からも傷つけられない場所。
eスポーツの大会では、フィジカルな競技と違って、障害がある人も、高齢者も、男女も関係なく、下手したらAIも交えて、ガチな競技をすることも可能になるでしょう。
メタバースには、こうしたインクルージョンを実現する可能性があります。
その萌芽となりそうな1つの事例を紹介します。毎年LGBTI+コミュニティと権利を祝うイベントに「グローバルプライド」があります。
グローバルプライドは、2020年はコロナの影響でリアル空間での実施が難しくなり、かわりに任天堂のどうぶつの森の中で実施したことが、大きな話題となりました。同団体は、アバターなどのデザインが得意なクリエーティブ・プロダクションであるWe Are Social Singaporeとパートナーシップを組み、ゲーム内に独自の島の世界をつくり、LGBTI+コミュニティの人々が、オンラインで安全に交流できるようにしたことで、大きな話題となりました。
また現在、Epicなどのプレイヤーが、どんな技術領域に投資をしているのかも調べると興味深いです。例えばEpicは、Hyprsenseというウェブカメラなどでユーザーの顔をモニタリングして、リアルタイムにユーザーの3Dの表情を解析し、アバターの顔にユーザーの喜怒哀楽の表情を反映する技術を持っている会社を最近買収しています。
Epicは、将来的にこの買収を通して、ユーザーのアバターに「表情」を持たせようとしていることが窺えます。メタバースの世界で「社会」をつくろうとした場合、必要になるのは、人々の感情と共感です。
アダム・スミスの道徳感情論ではないですけど、 社会の基盤には人々の感情と共感が必要です。 今後、「顔(感情)が見えるアバター」をバーチャル空間に導入していくことで、新しい「社会」の可能性が拓けるのかもしれません。