はじめに

カルチャー

企業と顧客の新たな関わり方とは?

現在、支持されているブランドの秘密を探っていくと、未来への約束を守ることに加えて、文化活動を活性化することも重要だということがわかってきました。

企業が生き生きとしたコミュニティを立ち上げ、活気のあるいい雰囲気(vibes)をつくるためには、「カルチャー」が重要な要素になるのです。

2018年に私は、ルルレモンというヨガウェアのブランドがロンドンで主催するイベント「Sweat Life」に参加しました。

ルルレモンは、スポーツウェアを機能として提供しているわけではなくて、ヨガというカルチャーに貢献してきたからこそ、人々と継続的な関係性を保てているのです。

もし、ウェアだけを売っていたら、あそこまでの巨大なブランドにはならなかったでしょう。

だからこそ、ルルレモンはカルチャーの成り立ちや歴史、それに関わっている人たちの考えに対して謙虚でなければなりません。特に文化盗用は、絶対に許されないわけです。

企業がカルチャーに対して、中途半端な理解でトンチンカンなことをすれば、批判されるリスクもありますが、誠意を持って関わればメリットも大きいと思います。

カルチャーを介した顧客とのコミュニケーションは、経済の論理や損得勘定を超えた「人と人」「人とブランド」のつながりを生み出す からです。

カルチャーを媒介することで、初めてコミュニティが生き生きとしてきます。単純に、消費だけで構成された空間がつまらないように、カルチャーがない場所には人が寄りつきません。

カルチャーに人が集まる

企業もユニークな企業文化がある会社に人が集まりますよね。コンピュータの歴史を考えてみてもそうです。スティーブ・ジョブズの「Stay hungry, Stay foolish」の元ネタで、有名な『Whole Earth Catalogue』という雑誌の編集者にスチュアート・ブランドという人がいます。彼らは、元々はヒッピーな人たちですよね。

元はアメリカの東海岸の「保守的な」人々が開発していた中央集権型の大型コンピュータに対して、まさに「カウンター」となったパーソナルコンピューターは、カウンターカルチャーの中心地の西海岸のヒッピーたちがつくったという話は広く知られています。

今、世界でもドイツのベルリンや米国のオースティンなどの街に、多くのスタートアップが集結しているのは、クラブや、ライブハウス、周辺のバー、さまざまなクリエイティブコミュニティなど、街に魅力的なカルチャーがあるからに、ほかなりません。エンジニアだって、仕事が終われば、楽しい街に住みたいわけです。

ベルリンと言えば、2003年に、クラウス・ヴォーヴェライト市長(当時)が「ベルリンは、貧乏だが、セクシーだ」と発言をしたことで、話題になりました。

実際、クラブカルチャーなど若者を惹きつける文化を持っていますが、私も視察した際に、行政も戦略的にクラブカルチャーの持つ「文化的魅力」を通して、都市の魅力を発信しようとしていたことを知りました。

ベルリンには「ベルリン・クラブ・コミッション」というナイトカルチャーの関係者で構成されたコミッションがあり、ベルリンの行政と息の長い対話を通して、都市の魅力としてクラブカルチャーを押し出してきた歴史があるのです(そもそも、ベルリンの行政官には若い頃にクラブ遊びをしていた人が多いというのもあり、風通しがよさそうでした)。

そうした地道な積み上げがあったからこそ、今のベルリンには、面白いスタートアップが集まってきているわけですね。いきなり誘致しようと思っても、人はこないのです。

カルチャーは人々が集まる強い動機をもたらしますし、人々の気持ちを捉えるものです。

企業もカルチャーに対して、謙虚にサポートする姿勢を取ることができれば、ユーザーとvibesを共有できるわけです。カルチャーサイドの人々と信頼を結ぶには、時間もかかりますし、難しいこともあるのですが、 今後の企業のブランド活動を考える上で、カルチャーはとても大事な戦略になるでしょう。

ところで、カルチャーといえば今トルコが「ゲーム業界のシリコンバレー」と呼ばれていることを知っていますか?

今トルコでは、オンラインゲーム会社の成長が著しく、いくつかのユニコーン企業も生まれているそうです。このように盛り上がっている理由は、優秀な若者が出てきたり、資金調達をする仕組みが整ったからだけではなく、トルコには昔からバックギャモンやベジーク、ドミノなどのゲームを市民が楽しんできたという「文化の土壌」があったからだといわれています。

「遊び」をよくわかっている人々が多いからこそ、産業が発達し、それがデジタルのプラットフォームを通じて世界へと伝播していく。

プラットフォームが文化をつくっているのではなく、文化がプラットフォーム(というビジネス)に乗ったということが大きいのです。

今、日本でも、渋谷の東急文化村付近の再開発が進んでいます。よくよくニュースを調べてみると、東急は、LVMHグループの不動産投資開発会社のLキャタルトン・リアルエステートとパートナーシップを組んで「文化村」を再開発するようです。

まさに「文化村」というネーミングが絶妙ですが、渋谷に暮らしている一市民としては、蓋を開けてみたら、「資本村」に変わらないといいのだけど、と思っています。

ファンを、囲い込もうとする企業のファンになりたいですか?

日本では、ブランドを中心にした「ファンマーケティング」とか「ファンベース」という言葉が、マーケターの間でよく使われます。

ただ、本当のところ私は、嗜好品や自動車、アパレルなどならともかく、一般的な企業そのものや日用品のファンになるのは難しいのではないかと思っています。

トイレットペーパーのファンとか、洗剤のファンとか、バナナのファンとか、正直ちょっと厳しいですよね。

よくマーケターの中で、「ファンを囲い込む施策」を安易に提案する人がいますが、個人的にはそんな「囲いこもうとする企業」のファンにはなりたくないよなぁと思うんです。企業側は、必死で囲い込みたいのかもしれませんが、消費者側からは「そんなにファンになれと言われてもな……」というのが実情だと思うんです。

ただ、製品とユーザーをダイレクトにつないで「ファン」をつくろうとするのは難しいけれど、 ユーザーとカルチャーとブランドの3点が交わる接点を見つけられれば、ファンは増やせるのではないかと私は考えています。

ブランドは、誰も見にこない謎のオウンドメディアをつくるよりも、コンテクストは考えた上で、スポーツやエンターテインメント、趣味の領域に「カルチャー投資」をする方がいい。

例えば、私はマルタイラーメンが結構好きなんですけど、一消費者として、マルタイラーメンのコミュニティとかに入りたいとは全く思わないんですね。マルタイラーメンのオウンドメディアだって見たことはありません。

でも、いろいろ調べていくと、マルタイラーメンは、調理が簡単ということで、登山をしている人たちにすこぶる評判がいいのだそうです。たしかに、山の上で食べたら美味しそうです。であれば、マルタイラーメンは、登山をする人たちのコミュニティやメディアに投資してみたりする「カルチャー戦略」を考えればいいわけです。

マルタイラーメンとお客さんが2者で向き合うのではなく、そこに「登山」というカルチャーやアクティビティがあって、初めて「売り込まれても嫌じゃない」となるわけですし、「マルタイいいじゃん」と思うわけです。

カルチャーを介して、顧客に何ができるかを考える

つまり、企業もカルチャーを通して、今までとは違うかたちで、ファンと関われる可能性があるのです。例えば、トイレットペーパーの会社であれば、森林保全活動と合わせてサステナビリティを学べるキャンプ場を運営することも考えられます。

すると、親子で僻地のキャンプ場に綺麗なトイレがある「ありがたさ」もわかるかもしれません。

これはあくまで一例ですが、トイレットペーパーそのものに関与してもらうのは難しくとも、カルチャーを介してつながることを考えれば、自然と文脈もできるはずです。

企業もカルチャーを媒介とすることで、初めて共感されるわけです。つまり「企業→顧客」ではなくて、「企業→カルチャー←ファン」ということです。

ただ、広告を見せつけられたり、謎のポイントを発行されたりするのではなくて、自分たちの好きなカルチャー活動を企業がサポートしてくれるのであれば、ユーザーも嬉しいと思うはずです。

実際、レッドブルのマーケティングは、エクストリームスポーツや音楽のクラブイベントの開催に積極的なことで有名です。

あるレポートによれば、彼らはカルチャーを通して 、孤独を感じている若い人たちが会話をする機会をどれだけ持ってくれるか 、という点をKPIにしているそうです。認知獲得よりも、カルチャーを通して人々がつながる機会をブランドのモーメントにおくという戦略です。

イベントの会場で誰かと喋った体験をレッドブルが支えているのであれば、嫌われるマーケティングにはならないはずですよね。古典的ではありますが、これからのマーケティングは、音楽やスポーツイベントへの協賛がとても大事になると考えています。

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